Chapter.25 王都散策

 五日目。その日は僕が聖水探索の当番になった。

 朝から東雲さんと一緒に王都内部へ出て、西條くんが進めてくれた探索を引き継ぐ。


 郊外に出る時よりも慎重になりながら頭を覗かせて地上に上がり、すぐに続く東雲さんの手を引いた。

 エスコートだ。東雲さんがしてくれる感謝に頬を赤らめながら応じる。

 誤魔化すように咳払いして。


「さて、どこまで探索出来ているの?」

「えっとね、時計回りに回る感じで、商店街の方向を目指して家を一軒一軒調べているところかな。今日からは比較的綺麗なお家を探すことになると思う」

「分かった」


 以前、噴水広場に向かった時と同じルート進行で探索を進めて行っているようだ。その時の記憶を思い起こしながら、――となると思ったよりハイペースに探索してくれている……? と気付けて、西條くんには頭が上がらなくなった。

 僕も負けじと、頬をパンっと叩いて気合いを入れる。



「おじゃましまー……す」


 郊外の民家ほど荒れてないせいもあって、慣れない。

 どうせ無人なのは分かっているのに、ついつい玄関扉を開けて土足で踏み入るのに抵抗を覚える。続く東雲さんにくすくすと笑われてしまいながら「でも、気持ち分かるよ」と共感されてしまって、恥ずかしい気持ちになった。

 頬をぽりぽりと掻く。


 リビングは凄惨な姿をしていた。戸棚から落ちて散乱する食器。食卓の上にはコップや食べかけのパンすらある。シンクはカビて、生活感が滲み出ていて、死体こそはないものの、空気を取り込む呼吸はしがたい雰囲気で満ちた室内だった。


 建物として、下手に原型を留めている方が余計惨状として見えて辛い。

 思わず眉間に皺を寄せながら慎重に探索を進めていく。


「コップが聖水だったとしたら、量ってどうなるんだろうね……」


 放置されたままのコップをじっと見つめながら僕は言った。何年も前のもので、さすがに触れる勇気はない。とはいえ浄化の効果は受けているからか、コップ自体に汚れはあれど、水は綺麗に見えてしまう。


「絶対足りないんじゃないかな……」


 でも可能性がないわけじゃない。

 というのがものすごく恐ろしい部分だ。


 それを、病気の女の子に飲ませていいものとも思えないし……。

 聖水がどれくらいあるかも重要だけど、どこにあるかも問題だよなとふと思った。

 トイレのタンク、とか言われたら堪らないよ、本当に。


「汚い……」


 衛生面の問題は常に付き纏う。バスタブに水はなかったが、カビの繁殖がひどかった。思わず鼻を塞ぎながらすぐに退出する。


「ここにはなし、移動しよう」


 頷いてくれた東雲さんと、早々に見切りをつけて移動した。

 探索はスムーズに進む。特に収穫もないままだ。

 ただ、様々な家を見ていって、唯一共通とするような発見がどこも夕食どきに突然終わりが訪れている。ってことだった。

 二十年前、いったい何があったのだろうか。


「ここは宿みたいだね」


 四軒目。踏み入れた建物は今までの一軒家とは違い、入り口からはカウンター、左右に階段が設けられ、五つほど部屋が分けられている小規模の宿施設のようだった。


 左側の階段は崩落気味であり、右側の階段から上がって各部屋の探索を進めていく。

 どの部屋も開け放たれているのは、逃げ出してきたからなのか……。


 ただ、奥の一室だけ鍵が閉まっているのを確認したので、カウンターに残されていたキーケースから鍵穴に当て嵌めていくことにする。

 他の部屋での収穫はなし、早速その部屋に向かった。

 慎重になって、扉を開ける。


「人、泊まってなかったのかな……?」


 他の部屋とは雰囲気がまるで違った。

 鍵が掛かっている時点で、人が泊まっていなかったはずもないんだけど。


 ベッドは綺麗に整えられ、テーブルの上に食器はなく、鞄や物が転がっているわけでもない。他の部屋や別の家屋がひどい散乱を見せているのとは打って変わり、この部屋は余りにも冷静なようで……どこか、当時から余裕があったように感じた。


 テーブルの上に手帳が置かれているのに気付く。その隣には万年筆が添えられており、手帳の上には一枚の手紙が見えやすいように置いてかれていた。

 僕は訝しみながら近づき、それを拾う。


「なんだろう、これ……」


 読める文字ではないようだ。この世界の言語かつ、筆記体だから余計分からない。

 しかも書き慣れていないのか、ところどころ文章のなかで塗り潰された書き間違いもあった。


 これは神様に翻訳してもらうことにし、次に手帳を手に取ることにする。

 ぱらっと適当にページを捲った。


「日本語だ!」

「えっ……!?」

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