第十一話 悪魔

Chapter.33 聖水の位置

「待って、何があったの」


 僕が問いかけると、西條くんの睨んだ目つきがぎゅんと僕に向き、しばらく。

 手にしていた神様をぽいと投げ捨てると、どかっと木箱に腰を落とし、落ち着きを取り戻すように頭をぶんぶんと振るった。


 そこには苦々しいような表情があり、吐き捨てるように僕の質問に答える。


「聖水の場所が分かった。行けるかは分からねえ」

「本当に!」


 それは、僥倖だ。思わず僕らは目を輝かせて喜ぶが、西條くんは難しい顔をしている。

 触発されるように、僕らも訝しむような顔を浮かべてしまいながら、それでもどこにあるのか。一週間以上掛けて探索しても、僕らには見つけられなかった聖水の在処を――、西條くんは教えてくれた。


「城だ。あそこに聖水があるんだと」


 まじか……。僕だけが愕然とする。

 一番ないと思っていたのに。

 避けていたのが仇になったというのか、やはり僕の探し方は無駄骨になってしまっていたらしくて、僕は気まずさを覚えながら。


「そこのどこにあるかまでは知らねえけどよ」

「……どういうこと?」


 少し感じた違和感に、僕が問いかけると西條くんはイラついたように舌打ちをした。


 西條くんは先ほどから、口ぶりが妙に他人事だ。

 実際にはまだ見ていない? うううん、色々聞きたいところだけど、西條くんの高圧的な態度はあまり質問が捗らない。

 東雲さんが胸元に本を抱えながら、挙手をするので目線を配る。


「あ、あのね。さっき言おうとしたことなんだけど、お城には王族だけの源泉湯があるらしくて、もしかしたらそこに聖水があるんじゃないかなと思ったんだけど、どう?」

「ならそこだ。そこに聖水がある」


 見せてもらった本に書かれていたのは、お城の地図ともいうべき解説図。緻密に描写されるのはグロウシアの成り立ちやら、王族の話やら、とにかくお城の素晴らしさを残したもの。東雲さんは人差し指でその浴室を指し示してくれて、裏付けるように西條くんがそう言う。

 僕は頷く。


「なら決まり、早くそこに行かないと」


 当てが見つかったのだ。動かないでいるわけにはいかない。

 ついに辿り着いた在処に、僕は早くも算段を立てようとするんだけど――。


「無理だ」


 キッパリと、そう言われた。思わず固まる僕らに対して、投げやりになった彼は続ける。


「城には化け物がいる」


     ☆


 西條くんの話によって、汚染後の王城内部の様子を大雑把に把握することが出来た。


 やっぱり、別れたあとも彼は独自で探索を進めてくれていたようだ。僕らが王都を時計回りにしらみ潰しに探していたから、彼は逆時計回り。それこそ王城などの、貴族街を優先的に。


 休みなしでだ。頭が上がらない。


「そこは魔物の巣窟だ」


 そうして西條くんは聖水の在処を知るに至る。グロウシアの王城、その浴室だと。

 王城の付近は何十種類もの魔物が跋扈する。門や図書館で見たものとはまた違うタイプで、単独だったから人目を盗んで潜入することが出来たようだけど……いまじゃそれさえも難しいかもしれないそうだ。

 なぜかと言うと、


「俺は殺されたからな」


 西條くんの侵入が、バレてしまったから。

 裏口や窓からの侵入というものは、もう警戒されているかもしれない。

 また、それとは別に。


「王座の場所には明確に知性のある奴がいた」


 潜入さえ出来れば、王城内部には魔物がいない。けど、王座を構える謁見の間は西條くんの言うバケモノがいるらしい。

 それは知能を持っているらしく、だからこそ警戒や対策をされる可能性があるそうだ。


「アレは悪魔だ」

『――悪魔だと?』


 鋭い目つきと低い声音で、神様が訝しむように口にする。西條くんはイラついたように再度繰り返して述べる。


「悪魔だ。そこのクズ神が王都にいることも気付いてる。だからいまこうやって聖水の場所に待ち構えてんだろ」

『……ありえない』


 なかなか難しい状況だ。

 険しそうに、その一言を残して押し黙る神様をそのままに、僕らは計画を練る。


「その悪魔が聖水はここにあるって言ってたの?」

「ああ。うわ言が多いやつだった。途中で見つかっちまったし全部見たわけじゃねえけど、城の水場なんて東雲の言った場所くらいだろ。そこに行けば俺たちの目的は達成出来るはずだ」

「なら、帰りも問題だね……」


 行きはなんとか出来るかもしれない。入り口などに魔物が構えているのであれば、王都の正門から入る時のように一時的に注意が引ければ良いわけで。

 でもそれは、その場限りのものだ。何度も使えるわけじゃない。


 リスクを減らすなら残機も気をつけたい。

 僕は一。東雲さんも一。

 北斗さんは二。西條くんは一。


 最悪、失敗は許されるけど。チャンスは一度きりだ。結局、死ぬ気でやるしかない。


「聖水に浄化作用があるなら、それを魔物や悪魔に振り撒くことって出来ないかな」


 完全な思いつき。神様のほうに振り向きながら質問する。

 神様は一拍遅れて答えてくれる。


『可能だ。そも、この大地に残る汚染とは魔物が主であり、その使い方で浄化は果たされるようになっている』

「なら戦い方は決まりだね」

 帰りの問題はなんとかなりそうだ。聖水のもとに辿り着くことで、こちらは反撃の手を同時に手に入れる。

「行きにも武器は必要だ」


 西條くんがそう言った。と、キョロキョロと辺りを見渡す彼に、僕は合点を示して物陰に置いていた木刀を取り出す。

 これはあの日、西條くんが忘れて行った相棒だ。


「はい」

「おう。……これがあれば勝てるだろ」


 さすがにそれは過言すぎる。……いや分からないけど。

 ぱしりと受け取り、ぎゅっぎゅっと柄を握りしめ、ブンブンと振っては「よし」と呟く西條くんに僕はついつい苦笑する。不満げなジト目を受け取りながら。


「そうだね……あと、果物の種も使えるかもしれない」

「そんじゃああとは作戦立案だ。リーダー、決めろよ」


 ニヤリと挑発的に。僕は頬を掻いて気まずく笑う。


「うん……うん。よし」


 覚悟を決めよう。作戦を考える。

 これがきっとラスト、僕らの最終ミッションになるだろうから。


「―――――名付けて、王城攻略作戦だ」


 最終決戦を迎える。気を引き締めて僕らは臨む。

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