Chapter.18 各々にある役割
王都潜入作戦を決行する。
「あそこが門か」
と、息巻いたのはいいものの、要は片方が囮になってその間に片方が潜入する。くらいの簡単な作戦ではあるんだけど……クゥリから門の場所と地下通路入り口がどこにあるかなどを尋ねた僕たちは、一度下見に現場へとやって来ていた。
森の茂みから、西條くんの指し示す門の様子を観察する。
「確かに二匹いるね」
神様が野犬、と称したように、そこにいた魔物は正しく野良犬のようなものだった。すらっとした体躯に大型犬ほどのサイズがあり、黒い毛並み。赤い眼光。頭部には一角のツノが生えていて、その様は間違いなく魔物と形容出来る。
「いやムリムリムリムリ!」
北斗さんが青ざめた顔で僕の両肩をぐわんぐわんと揺すりながらそんなふうに言った。
「絶対ヤダ!」
「声大きいって! バレちゃうよ」
シーっとしながら落ち着かせる。
……とはいったものの、気持ちは分かる。この魔物は予想以上に怖い。しかもちゃんと足の速そうな犬種に見える。
ポケモンでいえばヘルガー、実際の犬種で言えばドーベルマンみたいな、海外では犯罪者を追いかけて咬みつく武闘派の警察犬に近い印象を覚えてしまう。
確か、走った場合の最大時速が車並みとも言わなかっただろうか。
「絶対死ぬよ! 食われるよ!? 南田は私が死んでもいいってワケ!?」
人聞きが悪い。でもさすがに無理があるというのは、僕も重々承知している。
「これは作戦を見直すしかないかな……」
気を引くことは出来るだろうけれど、生きて帰る算段が付かない。撒けるような建物などがある場所ならいざ知らず、門があるこの辺り一帯はかつて行商馬車などが走っていたためか平たく開拓されていて、その両隣こそ僕らが隠れられるような森こそあるものの、そこに逃げ込むにしたって足を取られたりしたら元も子もない。
魔物がこんなに足の早そうな相手だとは想定していなかった。
リスクは取れない。
「別の手段を――」
そこまで言いかけて。
「じゃ、じゃあ。私がやるのはどうかな」
おずおずと、本当に震えたような声で、でも勇気を振り絞ったように、か細い声で東雲さんが立候補した。僕たちは思わず目を丸くして彼女を見る。
「ど、どうせ残機が減るなら、たぶん私が、一番役立たずだろうから……」
「そ、そんなことないよ!」
「そうだよみゆゆ! 卑下しちゃダメ!」
「ちっと声のボリューム落とせ。いま魔物に感付かれたほうが面倒だからよ」
今度は西條くんに嗜められて、でも僕と北斗さんは引き留めるような言葉で東雲さんに訴えかける。だけど彼女は、僕たちの心配を強く否定するように両手をフリフリと振ってあと、一度話の内容を整理するみたいに丁寧に意図を伝えてくれた。
「そ、その、役割っていうのがあると思ってて、大河くんや玲奈ちゃんはこういう運動能力が必要な時に頼らせてもらいたいなって思うんだけど、でもそれで結局……死んじゃうようなものだったら、私だって残機が残ってるんだし、むしろ積極的に肩代わりした方がいいと、お、思うんだよ?」
「………」
「それこそ、大河くんや玲奈ちゃんの残機が少ないのに危険なことをさせるって時が来ちゃうことが、一番避けなきゃいけないことだと思うから」
……それは、でも、僕も一度は考えた。
チームとしてのバランスの取り方だ。
体力がある、運動神経があるっていうのは、この世界に来た以上、一番必要とされているスキルで、だから二人に頼るシーンは必然的に多くなるとは僕も思っている。
……その、僕は本当にお恥ずかしながら、残機が一番少ないことを言い訳にして逃げてしまっていたけれど……。
東雲さんは、そこに負い目のようなものを感じていたのかもしれない。
彼女は強かにそう続ける。
「だから、どうかな。時間稼ぎは、私にだって出来るよ」
「決めろよリーダー」
急かすように西條くんがイヤらしくもそう言った。つい僕は彼のことを睨んでしまいながらも、西條くんは西條くんで同じようにリスクを抱えているわけで、責めることは出来ない。
むしろ、司令塔である僕が決断することに僕なりの役割があると思った。
これは当たり前のことだけど、私情は抜きで、繋がる結果を選び取るべきなんだと思う。
北斗さんに強要するのも、僕が体を張ることも、東雲さんにとって優しくないし、まず、チームとして正しくないことだから。
正直言って、好きな人にこんなことをお願いするのは本当の本当に嫌なんだけど。
「……じゃあ、東雲さん。お願いしてもいいですか」
「うん。頑張るね。その、良ければ神様に痛い記憶だけ無くしてほしいなって思うけど」
『それくらいは応えよう』
西條くんと目を合わせる。彼は小さく頷いて、僕の選択を受け入れてくれた。
「地下通路は任せたよ、西條くん」
「おう」
何はともあれ、あとは彼らに任せるしかない。東雲さんが名乗り出てから、ずっと難しい顔をする北斗さんの背中をぽんぽんと優しく叩きつつ、神様を抱えて僕らはその場を離脱した。
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