Chapter.19 信じて待つ

 地下シェルターへと帰還する。


「にひひ、お、おかえりなさい。どう? どうだった?」


 梯子を降りて部屋に出ると、ヒタヒタとした足音を立てながらクゥリがすぐに迎えに来て、僕らにそうやって声をかけてくれる。


 僕は笑顔で応じるけれど、北斗さんの表情はまだ少しだけ暗い。


 クゥリはどこか案じたように、僕と北斗さんの顔を何度も見比べて首を傾げるから、必要以上に彼を心配させないためにも僕は誤魔化そうと――いや、ちゃんと、説明しよう。


「ちょっと作戦に変更があって。東雲さんが、名乗り出てくれたんだ」

「ミユキ? くしし、やっぱり、ミユキは、強いんだね」

「……うん、僕もそう思う」


 なるほど。クゥリは彼女のその強かさを、見抜いてでもいたのだろうか。

 それが少し、自分のことではないのに嬉しくて、クゥリの笑顔に僕は手を伸ばす。


「にひひ」


 うん、クゥリは甥っ子みたいな、可愛がりたくなる素質があるんだな。

 西條くん、年下嫌いそうなのに、クゥリのことをあんなになでなでしていた気持ちが少しだけ僕にも分かってしまった。


「じゃあ、入り口の場所に行こう。そこで待っててあげたい」

「分かった。ついてきて」


 扉を開けた時に誰もいなかったら不安だろうから、僕らはすぐ安全を示すためにも入り口近くで待機しておこうと思う。


 この間、僕たちにはすることも特にないしね。


 コツンコツンと靴の音が反響するような地下通路を渡り、郊外へ出る梯子部屋のあるほうとは反対側。対角線上の位置にある、王都内部へ出る部屋へと向かう。


「そういえば、ここら辺の閉じてる扉って……」

「開けちゃ、ダメだよ。みんながいる、お部屋だからね、きひ」


 ……………触れないほうが、いいんだろう。

 生存者は二名でありながら、ずっとずっと、頑なに「みんな」と呼ぶクゥリ。


 別にお墓があるわけでもなし、どこか陰鬱としたようなオーラを感じる固い扉で閉じられた先は、いったい何があるのかと考えて、やはり頭を振り払う。


 そこに少し、ほんの少しだけ、クゥリの抱える闇のようなものを勝手に考えてしまうけれど、それもまたこの荒廃した世界で生き延びるなかでの付き合い方だったのだろうから、僕らに口を出す権利はない。


 それでもクゥリが良い子なのは変わらないし、むしろずっと諦めずに今も生き続けている逞しさを、僕たちは讃えるべきだろう。


「ちなみに、さ。クゥリ。僕たちがここを拠点とするのって、許してもらえる?」

「にひひ、うん。いいよ。もちろん。歓迎。何より、楽しい。みんな、優しい」

「ありがとう、クゥリ」

「うん、うん。クゥリも、ありがとう」


 ――僕たちの目標は変わらない。だからこそ、お言葉に甘えてここを拠点とすれば……王都内部でしようと思っていた課題の一つ、拠点選びが省略出来る。


 昨日はテントで一夜を越したら悲惨な結果になったこともあって、今日中に王都への到着を急いでいたのは比較的まともな建物を見つけ出して安全に次の夜を超えたいと思っていたからなんだよね。


 この地下シェルターを使えて、かつ王都内部へ出ることの出来る入り口を自由に使えるようになれば、僕らの聖水探索はグッと進めることが出来る。


「ここか……」


 辿り着いたのは郊外への梯子部屋とまるで変わらない場所だった。ただ、クゥリが言っていたようにあまり使われていないせいで、若干の埃臭さは増している。

 梯子はもっと錆びていたり、場合によっては壊れていないかと不安もしたけれど、そこに問題はなさそうだった。


「ね、ねえ南田、あたしになんか、仕事ない? 食料でも取ってこようか?」


 気まずそうに北斗さんが、神様を抱えながら指先をツンツンと合わせて申し出てくれた。


 僕は少しの思案を入れて、何故そんなことを言い出したんだろう。珍しいな……みたいに考えていたら、理由に思い至って、つい笑ってしまった。


 反射的に怒るような北斗さんに、ごめんと謝りながら意を汲んでお願いすることにする。


「じゃあ、お願いしてもいい?」

「う、うん! やるよ! いっぱい採ってくるから!」

「北斗さん、そんなに気にしなくていいからね。みんな納得してるんだし」

「……わ、分かってるってば」


 涙ぐみながら言われても。北斗さんが、ここまで気にしいとも知らなかったから、少し僕も困惑する。けど、でも。


「クゥリ、北斗さんについていって貰ってもいい?」

「いいよ、にひ。じゃあ、お魚採ってくる」

「さっ、魚⁉︎ 手掴み⁉︎」

「レナ。いこう、いこう?」

「う、うー……でも食べたいから行く……」


 うん、良いんじゃないでしょうか。神様を受け取り、僕は笑顔で二人を見送る。

 見直したって言ったら失礼だけど、北斗さんは思った以上にいい人だったみたいだ。


 取り残された僕は手持ち無沙汰を紛らわすため、掃除を始める。

 神様を頭の上に置いてみると、わしっと小さな四本の足が僕の髪を摘むようにした。

 北斗さんの頭にはこうやって乗っていたんですね。

 思ったよりも安定感があるけど、ちょっと引っ張られて痛い。


 箒を手にし、枯葉や砂、蜘蛛の巣などを払っていく。ネズミは全然見かけない。

 いてもおかしくないはずなのに、やはりそこは汚染の影響なのだろうか。

 住みやすいけど、ふと考えて振り返ってみた時に、こういうところに違和感がある。


「この世界って、本当に再生出来るのかな……」


 掃除をしながらぽつりと呟く。

 と、僕の髪の毛をぐいと力強く引っ張った神様が、痛がる僕を差し置いて言った。


『必ず、我輩は取り戻す。貴様らにはその協力を命じた』

「……でも、聖水を探すまでですよ?」


 重々しいようにそう言われ、僕は念押しするように釘を刺し返した。

 神様の顔は見えなかった。

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