第七話 時間経過/三十分
Chapter.20 お姫様抱っこ
『来るぞ』
と、そんな話のなか、頭の上の神様を手に取って対面にした矢先。
神様は突然そんなことを呼びかけた。
疑問を唱える暇もなく、まばたきをすればフッと東雲さんの背中が斜め上の空に浮かんで、僕は慌てて手を伸ばす。
手元にあった神様は無情にも落下する。
「きゃっ!」
「あっぶなぁああ!」
重っ――たくない重たくない東雲さんすごく軽いけど僕が非力なせいでカッコよく受け止められなくてすごく悲しい!
きっと復活でここまで転移してきた東雲さんを、僕はなんとかお姫様抱っこで受け止める。東雲さんは少し戸惑うように目をパチクリとさせたあと、抱き抱えている僕の存在にやっと気付いたのか顔をボッと赤くさせ、ジタバタと暴れようとした。
「あ、危ない危ない東雲さん落ちちゃう!」
「あっ、えっ、うぅ……!?」
まるで借りてきた猫のようだ。僕にそんな事を言われ、途端に大人しく丸くなって恥ずかしそうにする東雲さんをとても可愛らしく思ってしまいつつ。
東雲さん暖かいな! タイツさわさわだし!
いやいやいやいや。堪能している場合じゃない、ゆっくりと降ろしてあげます。
「おかえり、東雲さん」
「た、ただいま……ごっ、ごめんね? 優斗くん……ありがとう」
ぷしゅーと煙でも出そうなほどだ。こんなに赤い東雲さんは、なかなかお目に掛かれない。
慌てた様子でもじもじとしながら僕と若干距離を取り、身だしなみを気遣うような素振りで前髪をいじる東雲さんに、かわいいな、かわいいな……とずっと思ってしまいながら。
咄嗟にお姫様抱っこをしてしまったわけだけれど、よくよく考えるとめちゃくちゃ恥ずかしい行為じゃないか?
お互い、なかなか目を合わせられない。
「あはは……」
「………」
き、気まずい。というか、恥ずかしい。
二人きりなのがものすごく照れる。
神様のことなどすっかり忘れ、話題探しに手をわたわたとさせていると、なんとか伝えなきゃいけないことを思い出せた。
「あ、そ、そういえば、北斗さんとクゥリは食料調達をしてきてくれてるよ」
「あ、どうりで……大河くん、入れているといいね」
「東雲さんは大丈夫だった?」
「う、うん。なんとか。石を投げて、注意を引いて、出来るだけ遠くに逃げて時間を稼いだと思うから……うん」
どこか苦い顔をする東雲さんに、聞かない方が良かったかなとあとから悔やんだ。でも東雲さんの無理したような笑顔を見ると、僕は……その、さすがに東雲さん相手になでなでとか、ハグとか手を握ってあげるとかのやり方は出来ないけど、それでも。
「そっか! ありがとう、東雲さん」
「……うん」
頑張ってくれた彼女に感謝を送る。
東雲さんは、一度瞑目してから、今度は心の底からの笑顔を僕に返してくれた。
『貴様……』
と、地面にゴロゴロ転がっていた神様が梯子の下で僕を睨んでいる。あははと頬を掻いて誤魔化しながら拾いに行こうとしてあげれば、またもタイミングよくガチャンと大きな音が鳴った。頭上だ。
パラパラと落ちてくる砂に僕らが少し離れて仰ぎ見るなか、神様は土色のまだら模様となる。
仄暗い部屋に光が差す。
「―――――西條くん!」
確信を持ってそう声を掛ける。逆光が強くてよく見えないが、そのだぼっとしたシルエットの服装は間違いなく西條くんのもので、彼はサムズアップをこちらに見せた。
一拍置いて、ニヤリと笑みを含んだ声が、
「ミッションクリアだ」
「さすがだよ! 西條くん!」
かくして。
王都の中への侵入を、僕らは果たしてみせたのだった。
☆
……――かつての王国、グロウシア。
その首都である城塞都市のなかは、まるで廃墟のように閑散としている。
石畳の市街に立ち並ぶ漆喰壁の建築物。郊外にあるような民家としてのものとはまた変わり、三階建てのそり立つ建物が視界を埋め尽くすようにあった。
色褪せてはいるが壁の色も明るく、景観としてはオシャレな外国を思うけれど、やはりその様は――。
「壊れている、ね……」
散乱する窓ガラスに、扉の破壊された家。郊外にあった民家のように、ぽっかりと穴の開いたような建物もあれば、土台から崩れてしまってぺしゃんこに潰れた建物もある。街灯はへし折れているし、乗り捨てられた幌馬車もあるし、日の当たるところに置かれた鉢植えは割れて土を溢した姿だ。
見れば見るほどに痛々しさがある。もう、人が住むには厳しそうな環境だ。
「出入り口はそんなに目立たなそうだね。これなら問題なく使えそうだ」
建物の間の路地に出入り口はある。少しだけ顔をのぞかせて様子を確認したところ、大通りには近いようだがそうそう魔物がうろついている、なんてこともないようだ。
これなら、問題なくこのルートを活用することが出来るだろう。
「西條くんは平気だった?」
「おう」
……頼もしいな。
言葉少なではあるけれど、特に疲れた様子もなく、怪我もなく、普段通りにいてくれる西條くんの強かさを改めて痛感する。僕には持ち合わせないフィジカルで、ちょっと妬ましい。
まあ、それは置いておいて。
「どうしようか、北斗さんはクゥリと一緒に食料調達に出て行ってくれてるんだ」
「あいつが?」
「うん。その、ちょっと気にしてるみたいで、自ら名乗り出てくれたんだよ」
「そんな一面があったのかよ」
西條くんもどこか意外だったらしい。
気持ちは分かる。けど、こんな世界に四人で来て、一緒に生活していくなかでは、北斗さんに対するこの発見はむしろ全然嬉しいことだし好感度にもなるポイントだ。
「ちょっと探索もしたいと思うんだけど、留守にするわけにはいかないから……」
北斗さんも寂しがるだろうし、そもそも単独の自由行動をルールとして禁止した以上、誰が何をしているか、は常に共有しておきたいと思う。
この世界で、迷子になったり散り散りになるのは一番恐ろしいことだからね。
だから僕は、そう言いながら東雲さんのほうに振り向いていると、僕よりも早く西條くんが口に出した。
「じゃあ東雲待ってろ」
「え、でも、大河くん、疲れてない?」
「これくらいで疲れねえよ」
僕だったら疲れます。西條くんが強すぎるんだい。
なんでもないようにそう言う彼の姿を見て、次におずおずと僕の顔を見た東雲さんに、頷きを返して神様を預ける。
「それじゃあ、軽くこの辺りの様子を見てみるよ。東雲さんは待ってて」
「……分かった。気をつけてね、二人とも」
「うん。行ってきます」
見送られるのってちょっと嬉しい。
頑張ろうという気になれる。
依然として、木刀を構えている西條くんの傍ら、僕は笑顔で東雲さんに手を振って探索を始めることにした。
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