Chapter.21 敵対色(赤)
「地図とかってないものだろうか」
「図書館みてえなもんがあるなら地図の一つでもありそうだが」
「たぶん、紙とかはだいぶ普及していると思うんだよ」
それか、例えば案内看板みたいなものがどこかに設置されていたりすれば。
戦争に強い国の城塞都市とは聞いているけど、果たして観光業みたいなものは如何ほどに発展しているんだろう。それ次第で情報量は変わる。
クゥリに聞いてみたところ、地下通路からの出入り口があるのは王都の西部に当たるらしく、住宅が立ち並ぶエリアなのだということは既に判明している。
プラス、この王都は四等分に住み分けがされているらしく、一般住宅街、貴族街、スラム(工業地帯)、商店街という構成で、正門があるのは北部の商店街になるそうだ。
また、王都の中央には噴水広場、いわゆるセントラルパークがあるそうで、正門からまっすぐ大通りを渡ることで行き着くようになっている、らしい。
……つまり、僕たちの地下通路から大通りが近いということは、観光客向けの施設や商店街も近くにあるということになり、案内看板などは道すがらや噴水広場で確認出来るかもしれない、という目途はあらかじめ付けていた。
そのため、僕と西條くんは魔物に警戒しながらも突き進んでいける。
「ったく……こンなかから聖水を探せっつうのか」
「うん。広いね」
そして、改めて王都の規模感に面食らった。多くの建物を素通りにしているが、水場であれば何が聖水に変わっていてもおかしくないと神様は言う。当てもない作業になることは確実で、先々を考えると憂鬱にもなる。
「分かりやすい場所にあればいいんだけどね……」
瓦礫の散乱する路上を進み、連なる西洋建築の間を進んで広場を目指していく。ある程度の方角はスマホの方位磁針を見ればなんとかなる。
ブロック分けされている建物に対して、十字路を通り抜けるたびに慎重に伺いながら広場を目指した。
魔物は、跋扈というほどそこらじゅうにいるわけでもないが、警戒は緩めることはない。
大通りに出ると、一気に建物の雰囲気ががらりと変わったような気がして、入り口にプレートを掛けたお店やガラス張り(割れてるけど)のお店、店名をでかでかと掲げた看板などが姿を現すようになった。
――商店街に近い。
「物資も調達したいところだね。ナイフとか、缶詰があるかは分からないけど……」
使えるものは使っていくべきだ。異世界なら武器屋さんとかもあるかもしれないし。西條くんが木刀から銀の剣とかにランクアップしたら、それだけで頼り甲斐が増す。
食料は、でもあまり期待しない方がいいかもしれないね。自然物でなければ二十年間保存が効いていなきゃいけないわけで、そんな食べ物なんてそうそうない。
そこは申し訳ないけど、クゥリを頼るしかないかも。
「ここが広場か」
なんてことを考えているうちに、到着したのはセントラルパーク・噴水広場。壊れた彫像に噴水があり、景観を彩る街路樹が並び、ベンチもあり、花壇もあって――。
「これは……」
……………まるで、踏み躙られているみたいだ。
噴水の周りを埋め尽くすように茂っていたはずの花壇には、赤い薔薇が付いていたのだろうけど、その可憐な花びらは見るも無惨に〝散らされている〟ように僕には思えた。
意図的に、荒らされたような惨状だ。
華々しさの一つもない。
「汚ねえな」
思わず足を止める僕とは違い、西條くんは簡単にそう切り捨てて噴水のほうへ近寄った。
地に落ちた薔薇の花びら一枚を拾い、それをじっと観察している。
「魔物は赤色が苦手なのか?」
「……それはでも、僕もそう思う」
間違いなく。爪で切り裂かれたような痕のある花びらを見て、西條くんと僕は魔物の特性を理解する。
「東雲さんの髪飾りもさ」
「テントも実際赤かったしな」
そうだ。いま考えればあのテント、純粋に派手すぎたんじゃなくて、それ以上に魔物に嫌われすぎていた……? 神の色である赤が嫌われるならば、神様が生み出してくれるアイテムも赤色を避けてもらうようにお願いするべきなのだろうか。
西條くんと頷き合う。
「……赤色はやめた方がいいね」
ブレザー。西條くんは私服だからいいけれど、僕たちの学年は男子も女子も赤いネクタイだ。外しておかなきゃ目を付けられかねない。
そういう意味で言うと王都への侵入が、黒と白地のパーカーを着ている西條くんで最適だったとも言えるのかな。
とはいえ……僕は首元のネクタイを外しながら考える。
「調べものもした方が良さそうだね」
特に、この世界の神話や伝承について。
因果関係がありすぎる。あの時、東雲さんが本に興味を示してくれて良かった。
じゃないとこれは、あまりにも、僕らに知識が足りていない――……。
「噴水はハズレだな」
「そうだね。これは聖水じゃないと思う」
聖水は光り輝いているから、見ただけで分かると神様に伝えられていた。
色合い的には神様の瞳のように何色にでも見える綺麗な色なんだそうだ。
噴水のなかを覗き込んでも、そこにある水溜りは濁っていて、汚かった。
そして。
「あったぞ。思惑通りだな」
西條くんどんどん先に行きますね。じっと噴水を見ていたら、そんな風に声を掛けられて慌てて彼のほうへ向かう。
そこには予想通りというか思惑通りというべきか、観光案内のような王都の地図が看板としてそこにあった。
「文字は読めないけどな」
ついでに少しだけ地図は掠れている。とはいえ、施設らしいものは分かりやすくピックアップされて記載されているので、内容が分からなくてもそこに行けば何かはある。
場所を忘れないように、持ってきたスマホで写真を撮った。
それと。
「あれが、王城なんだ……」
看板の先。見上げた奥のほうに、大きなお城が伺える。それは南部、貴族街の最奥にあり、こんな荒廃した世界といえど、例え塔の何本かが折れていようと、それでもそこにある荘厳さ、神々しさというものをまるで廃れさせない、豪華絢爛な建築物。
グロウシアの、王城の姿を。
「そろそろ帰るか?」
「うん。写真は撮っておいたよ」
観光案内の看板をね。お城についつい目を奪われるけれど、僕らの目的地はそこじゃない。水場のあるような他の場所だ。
あんまり探索をしすぎても、東雲さんたちを待たせてしまうから、僕らはこれで帰路に着くことにする。今日一日の探索としては少ないかもしれないが、無理をしすぎるのも良くはない。
なにより、やはり、クゥリの存在がとても大きいと思う。
初日散々だった食も拠点も彼のおかげである程度保たれた。お菓子とテントで落ち着く場所もない日々がこのまま続いていたら、余裕なんて一切なくて、今すぐにでも現実世界に帰りたくて焦ってしまっていたはずだ。
今は休む余裕がある。それはすごく大切なことだとも思う。
そして。
「赤色、ね」
意識しておく必要がありそうな、大切な情報も手に入れた気がした。
☆
「ただいま!」
それから少し時間が経って、そうやって元気に帰還してきたのは僕たちより遅く帰ってきた北斗さんとクゥリである。
既に拠点に戻っていた僕と西條くんは、東雲さんと一緒になって出迎えた。
北斗さんの表情は、行きよりも随分明るいものになっていた。
「うわあ、すご! よく取れたね」
「にひ、にひひ、レナ。すごい。度胸ある」
「ししょお! アザッス!」
いつの間に師弟関係になったんだこの二人。
思わずジト目を向けてしまいながら、バケツのような容器に入れた二匹のお魚とサワガニのような甲殻類を見る。
カニはともかく魚がすごい。
どうやってこれを獲ったんだ。
本当に手掴みじゃないよね?
「くしし、くしし。大きいの、獲れた。みんなで食べよう? これ、美味しい」
こつん、とグータッチをし合うクゥリと北斗さんが、仲良くなっていて微笑ましい。
そうして僕たちは、この世界に来てやっとまともな食事につくことが出来たのだった。
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