Chapter.22 豪勢な食事

「クゥリ……すごいね」


 調理はクゥリが。

 捌くのがものすごく手慣れている。二匹のお魚は、フナなのかマスなのかピラニアなのかなんなのかまるで分からない異世界産に違いなかったけど、鱗を落とし、内臓を取ったりする調理工程はどこも変わらないみたいだった。


 まな板に見立てた木材の上に魚を置き、クゥリは楽しそうに鼻歌をしながら片側には魚を入れたバケツを置いて手を濯ぐ。


 この地下下水道は広く、またガスなども残っていないため、火の使用も問題ないらしい。

 煤焼けた跡があるなと思ってはいたけれど、これなら暖も取ることが出来る。

 同じ場所に重ねるように拾った草木を敷いて、僕はライターで火をつけた。


 クゥリは、ライターに興味を示していたけれど子供には危ないので触らせないでおいた。


 ……とか言いながら、使い古されたナイフを片手に調理をしてくれるクゥリは誰よりも大人っぽかったりするんだけどね。


 そのうち、クゥリがいままでより住みやすくなるように、余裕があれば僕たちの文明のものもどんどん教えてあげたいなと思う。落ち着いたらライターもちゃんと教えるつもり。


「やっぱり、火があると暖かいね」


 地下はやっぱり冷え込んでいて、どこか仄暗く青いような印象があったけれど、焚き火を焚くとその周囲は明るい色で綺麗に染まる。自然と僕らはその周囲に寄ってしまいながら、熱を味わうように手のひらを向けて一休みする。


 一方で、クゥリが二匹の魚に切れ込みを入れていく。どういう調理をしてくれるんだろう?

 そわそわと、楽しみにしながら、僕はお腹を空かしていた。


「おお、思ったよりダイナミック」


 調理なんていうものじゃなかった。焚き火にポイっと勢いよく名も知らぬ魚が投入される。

 その豪快さに思わず顔を引きつらせながら。


「焼けたら、食べ頃」


 クゥリが野性味のあるギザギザな歯を覗かせてじゅるりと涎を垂らしていた。

 これ僕たちが料理した方が良かったんじゃないか……? ここまでダイナミックだとは思わなかったよ。というか雑すぎるよ。魚を投げ込んだ時にちょうど僕と目が合う所に魚の目が来て気まずいよ。なんか悲鳴上げてそう。呪われそう。何かを訴えられてそう。

 南無、と心のなかで合掌をして、ありがたく戴かせてもらうことを約束する。


「ねぇねぇみんな、醤油欲しくない?」

「ほしい!」


 見た感じ、味付けはなさそうだった。本当は贅沢言うなってやつなのかも知れないけれど、久々の食事はやっぱり美味しく頂きたい。


 頷くみんなを見渡しながら、僕は神様から三百円を対価に醤油を生成してもらう。

 小瓶タイプの醤油だった。三百円払ったんだから、スーパーなどで売っているような四〇〇ミリほどの家庭用サイズを想定していたら、ラーメン店でよくある餃子用の醤油瓶だ。

 しかもやっぱ赤い蓋の瓶だし!


 この神様ちょっとだけケチである。

 あと赤色大好きすぎである。


「まぁいっか……」


 言いたいことはあるものの、ぐっと呑み込んで我慢する。クゥリは醤油に興味津々で、魚が焼き上がるまで待ってもらおうと思っていたけど、そのキラキラとした目に負けて指先に一滴垂らしてあげた。


 ちろっと舐めて、しょっぱいような顔をして、でもその濃い味に笑顔になるクゥリをみんなで可愛がってしまいつつ。


「あ、いい感じじゃない?」


 むしろ少し焼きすぎかも。こんがりとした焦げ目に、崩れそうな魚をまな板へ移して救出する。切れ目からは良い色合いのほっくりとした白身が伺え、漂う香りも食欲がそそられ、クゥリがナイフで身を開いた。


「いただきます!」


 骨を取り、みんなでつまむように食べる。

 ちなみに東雲さんが持ってきていたウェットシートでみんな両手を消毒させています。さすが東雲さん、僕もティッシュは持っているけど、ウェットシートなのがありがたい。


「ひゃああ、美味しい……」


 北斗さんが目を輝かせて言う。僕もさっそく白身を手に取る。

 ほかほかとした身で、指先がすぐに熱くなる。慌てて口に放り込めば、淡白な身は噛み締めるほど味がじゅわっと溢れ出して、〜〜〜っ、もうほんと、久々の食事に涙が出てきそうだ。

 めちゃくちゃ美味しい。星三つ。白米が欲しい。


「醤油をね? こうやって垂らして、食べると美味しいんだよ」


 東雲さんがクゥリに美味しい食べ方を教えている。この川魚、このままでも十分味に深みはあるんだけども、やっぱり醤油の存在は大きい。


 僕も自分が手につける身の部分だけにちょっとだけ垂らし、つまんで口に運んでいった。

 美味しい。本当に美味しい。噛み締めて感動する。

 そこまで過酷なサバイバルを命からがら続けていた、なんてわけではないけれど、それでもやはり染みるものがある。


「レナ、レナ。頑張ってくれたから。これ、食べて、くしし」

「え? いいの?」

「ごちそう。これ、パリパリして、美味い」


 と、クゥリは北斗さんに焼いたサワガニをプレゼントする。善意なんだろうけど、でも北斗さんは食べないんじゃないかな……なんて気まずく見守ってしまっていたら、意外にも北斗さんはそれを嬉しそうに受け取って「ありがと!」とスナック菓子のように口のなかへ放り込んでいた。

 その姿に、思わず西條くんが言う。


「……逞しくなったなお前」

「な、なによ。いくら大河でもあげないわよ?」

「いや別にいらねえが」


 なんて、楽しい食事を続けて。


「トルハに、ご飯食べさせてくる」

「うん。行ってらっしゃい、クゥリくん」


 クゥリは、少量の魚の身と大切そうに保存している燻製肉の一枚を持っていって、寝台に臥せる少女のもとへと席を外した。

 僕らは手を振ってクゥリを見送り、それから焚き火を囲んで息を吐く。

 お腹はいっぱいだった。


「……そういえば、ね。神様とちょっと話したんだ」


 ぽつりと。突然東雲さんがそう切り出して、僕は興味深げに相槌を打つ。


「あの女の子の病も、もしかしたら聖水があれば助かるかもしれないんだって」

「……そうなんだ」


 一滴で治るなどというものではなく、継続的に水分として摂取させ続けることで病は改善されていくのだとか。

 東雲さんがそう説明してくれる。


「私、クゥリくんとあの子を、救ってあげたい」

「うん」


 それは、僕も同じ気持ちだ。北斗さんも神妙に頷き、ただ西條くんは何も言ってくれないけれど、きっと考えてくれていると思う。旧友はだてじゃないからね。

 東雲さんが、ホッとしたような笑顔を浮かべてくれる。


 クゥリとは今日出会ったばかりだ。

 今日一日で、クゥリの全てを知ったわけじゃないけれど、クゥリはもっと幸せになるべきだと、平和で裕福な日本に住んでいる僕らとしてはついつい願う。


 ボランティアとか、寄付とかじゃなくて。

 シンプルに、救ってあげたいと思ってしまうんだ。

 これは上から目線のエゴになっちゃうけど。


「二日目はこれで終わりだね」


 やる気を、出していこう。やらない善よりやる偽善というのは知っている。お節介かもしれないけど、僕はクゥリが笑っていられるようにしてあげたいと、この短い期間で思ってしまったんだ。

 だから、頑張りたいと思う。


「今頃あっちはどうなってんだろうな」


 一端の話の纏まりが着いたところで、西條くんがふと投げかけた。

 修学旅行は一泊二日の短期なものだ。二日が経ったということは、僕たちが本当にしたかったことはもう終わってしまったかも知れない。

 北斗さんが神様をつんつんと指先で突きながら言う。


「あたしたちが帰る時ってどうなってるのよ」


 数日後の京都に取り残されてもイヤだなぁ……。そもそも、その場に戻るのかどうかも分からないわけだ。

 この世界の未来も心配。だけどその前に自分自身の心配もしなきゃいけない。


 日が経つにつれて、ワクワクよりも不安が大きくなっていく。

 神様はいつものように一拍置いて、少し意外な、結論という形でその話を聞かせてくれた。


『先代の際は、この世界での一時間を向こうに於いての一分と換算することで話は纏っていた。不満ならばそうでなくてもいいが、時間経過を無しにすることは出来ないと告げる』


 ……思わずみんなで押し黙る。

 ちらりとスマホの時計を確認する。


 今の時刻は夕方の五時。昨日の午前十一時が自由行動だったのを考えると、そこから計算して……僕たちのこの二日は、約三十分に計算される?


 沈黙のまま、顔を向き合わせるけれど、誰もピンときていないような不思議そうな表情をしていた。

 複雑な気分だ。時間経過が一緒だったら、間違いなくあっちで大騒ぎになってただろうと思っていた分マシだけど、それはそれとしてあっちで三十分も経った。焦りを感じる。


 結局僕らのこの旅は、異世界を満喫するためじゃなく、帰るための〝任務〟なのだ。

 ……頑張らないと。張り切らないといけない。


「明日からは、聖水探索を始めよう」


 呼びかけて、みんなの顔を見渡すように。

 神妙な顔つきでみんなが頷いてくれるのを、ただ僕は班長として自信いっぱいに笑顔で応えた。


 クゥリはその日、病室から出てくることはなかった。

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