Chapter.2 自由(すぎる)行動

 ……――予定時刻より早めにバスが到着したこともあり、簡単な説明と注意事項の確認、点呼を行ったあと、僕らは自由時間に入った。

 それから間も無くのことだ。


「ひぃいい」


 西條くんが木刀買ってるゥゥゥ!


 いかつい、いかついすぎる。というか真っ先に買いに行った。こわい。こわいよ。一緒に行動したくないよ。

 せめて帰り際に買うべきじゃない!? これからずっと持ち運ぶの︎!? こわいよ! 早いよ! 買わないでよ!


 相当気に入ったのか、人がいないところでずっとブンブンと振り回している。ニタァって笑わないでほしい。危ない危ない。不良がすぎる。

 目が合ったら絶対殺される。


 この人たちと班行動する度胸ないんですけど!


「ほら南田ァ。カメラ回してー」

「えっ? わっ!」


 と、ふいに投げ渡された黒い塊を必死になって受け取る。って、すごく高級な最新式デジタルカメラじゃないですか。

 これ落としてたら絶対殺されてた……。こんな貴重品不用意に投げないでほしい。恐ろしいよ。もうしんどいよ。ダラダラと冷や汗が流れてくる。


「パパに買ってもらったの。壊したら承知しないから」

「ひぃいい」


 なんだこれ。なんだこれ。始まって間もないのにストレスがすごい。

 あれ、どうしてかな、なぜだろう、お腹が痛くなってきた気がするよ……。


「優斗くん大丈夫? 先生呼ぶ? 具合、悪い?」


 気のせいでした。天使のおかげで僕はHPが全回復する。

 東雲さんが優しい……!

 東雲さんが優しいよ……!!

 女神様に見えてくる。唯一、僕の心に染み入る癒しだ。

 東雲さん、僕はあなたが大好きです。


「大丈夫! ごめん、ありがとう」


 お礼はとびっきりの笑顔を返した。

 さあ、気を取り直して行きましょう。


 おずおずとした態度で、班長である僕のことをサポートする立ち回りを選んでくれたのか、常に寄り添って伺ってくれるような東雲さんを傍らに僕は北斗さんから投げ渡されたカメラの電源をカチッと入れる。

 初期セットアップの段階だ。ロゴが大きく表示された後、現在時刻の設定から始まった。


「ねえ北斗さん、僕あんまり詳しくなくて……このカメラの使い方は知ってる?」

「え? 知るわけないじゃん」

「いやいやいや……じゃあ説明書は?」

「捨てるでしょ」


〝説明書〟なのに……?

 さも当然かのように言われた。解せない。


「ちょっと色々触ってみるね……」

「早くしてよ南田カメラマン」


 誰が南田カメラマンだ。僕だって映りたいよカメラ。

 僕と北斗さんのやり取りに、あわあわと仲裁に入れずじまいな東雲さんの可愛さが僕の不満を掻き消してくれるなか。

 さすが、最新式のデジタルカメラだった。感覚的に操作方法が見えてくる。

 分からないところはスキップし、手短に初期セットアップを済ませたところで、お試しで一枚写真撮影。スッとすぐ隣にいた東雲さんの方へカメラを向けると、驚いたような彼女の表情を鮮明に残すことが出来た。


「えっ、えっ?」


 ……………かわいい。

 一人、満足げに写真を確認する僕の隣で、気恥ずかしそうにしている東雲さんが「消してね……?」と上目遣いで言う。かわいい。残したい。この顔も撮りたい。


 そして、そんなやり取りをしていると、遠巻きに北斗さんにジッと見られた。

 その視線の圧や恐ろしく、僕は慌てて撮影モードを動画に切り替えてカメラマンになりきる。


「南田カメラマン入ります……」

「かもん!」


 くそう……東雲さんだけを撮りたい……。

 東雲さん専属のカメラマンになりたい……僕の夢は叶わない……。

 とか言いつつも、北斗さんにこの淡い恋心がバレてしまった時が一番恐ろしい事態といえるので、怪しまれない程度に、公平に、みんなが映るようにカメラを回していこうとは思う。


 それで気づいたことなんだけど、カメラを向けた時の反応はみんな様々で面白かった。


 まず西條くん。西條くんは撮られ慣れていないみたいでカメラを向けるとすぐに隠れたり手を伸ばしてレンズを塞ごうとしてくる。さっとフレームから外れようとするから、僕は追いかけるんだけど、「やめろよ」とマジで怒られてしまった。調子に乗りました。

 そして東雲さんは東雲さんで、僕の前を歩くこともないからなかなか撮影が捗らない。

 必然、北斗さんばかりを追うことになってしまうのだけど、でも北斗さん的にはきっと大好きな西條くんを沢山撮ってほしいんだろうなって思うしぃ……。


 北斗さん、ちょっと動き回りすぎてパンチラわりとしているしぃ……。


 カメラを向けるのが怖いところだ。見たと思われたら絶対首を絞められるから見たくない。

 これは男の葛藤である。

 不肖、南田カメラマン。この任務は荷が重すぎると思われます。


「顔出しパネルがあるよ、東雲さん、入ってみてよ」

「えーっ……ほ、本当に? 恥ずかしいよ」

「そんなことないよ! ほらほら」


 見かけた顔出しパネルに、僕は足を止めて東雲さんの背中を押す。観光地によくあるような、二人用の顔出しパネルだ。

 京都にちなんだデザインとなっており、修学旅行のワンシーンとしては非常に価値のあるものだと思う。


「じゃ、じゃあ、隣に優斗くんが来ない?」


 戸惑うように東雲さんはパネルの裏に回っていくと、二人用なのでもう一つ顔を入れる場所があることに気が付いて、僕のことをそう誘った。

 東雲さんが! 隣に!! カメラに収めさせてもらうつもりで言ったのに、それ以上に嬉しいお誘いに僕は喜んでその場所へ向かう。

 二人、並んで顔を出しながら。


「………」

「………」


 いや通行人しかいない。

 あの二人どこ行きやがった。


「は、恥ずかしかったね……」

「ちょっと……いろんな人に見られてたね……」


 ただただ顔を出している僕たちの姿を、知らない人たちに横目に見られてしまった。

 恥ずかしい。知り合いがいなくてよかった。いや本当はいてほしかったよ。いてくれたらこんなに恥ずかしい思いしないで済んだのに。

 二人で笑い合いながら、咳払いを挟んだ僕は持ち直すように辺りを見渡す。


「まったく、あいつら、どこに行ったんだろ……」

「うん、はぐれちゃったのかな」


 団体行動があっての自由時間だし、次の目的地は現地集合で、それまでに向かわなきゃいけない。そんなに動き回られても、僕らが困るだけなんだけど……。

 問題児二人のせいで遅れたら、目も当てられないよ。


「仕方ない。探そうか、東雲さん」

「うん。私も優斗くんと離れないようにするね」


 よし。背筋を伸ばして少し胸を膨らましながら、先陣を切ることにする。

 別にこれは見栄じゃないですよ。

 頼り甲斐のある男としての毅然とした態度の演出です。



 ―――――だけど、異変は既に起こっていた。



「……なんか、人がいなくない?」


 視界に妙な違和感がある。どこか、なにかが不自然だ。

 辺りを見渡して、何故か孤立したような錯覚を得る。本当に人がいないわけじゃないし、通行人だって見えてはいるのに、「そこにはいない」と言うべきか……。

 上手く表現出来ないんだけど、映像越しで見ているような、同じ空間にはいないような。


 だめだ、言葉が要領を得ない。

 でも、なにかが決定的におかしい。

 そう思った。


「東雲さん?」


 問いかける。反応がない。辺りを見渡しても誰もいない。

 焦燥感に胸が締め付けられてしまって、僕は助けを求めるように必死になって辺りを見渡しながら、何度も何度もまばたきをしていた。

 その度に目の前の景色が、観光名所の街並みと、どことも知れぬ荒野の世界が――。


「優斗くん……」


 振り向くと東雲さんが現れていた。

 しかも、僕にしがみついている状態だ。

 突然の彼女の出現に困惑しながらも、僕らは二人、この奇妙な時間を共有する。


 いま、なにが起きているんだ……?


 彼女が隣にいてくれている。それだけでいまは大きな安心感を覚えられているなかで、だからこそ自分を律する。冷静に、いまなにが起きているのかを必死に理解しようとする。

 身体がつま先から、徐々に光に飲み込まれていく。

 録画中のデジタルカメラは、ノイズが入って記録出来ていない。

 まるで、逃げ場のない空間で水位が上がってくるかのように、僕らは光に包まれていく。


 ハッと息を呑むように、

 僕は最後に、

 まばたきをした。



 ―――――、僕らは、荒野の世界にいた。

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