第一話 親が悪いはさすがに嘘

Chapter.3 毛むくじゃらでブサイクな神様

 フッ、として着地した地面の感触は、明らかに今までの石畳とは異なる。

 固い、砂塵の舞うような、荒野の上に僕らはいた。


「東雲さん!」


 慌てるように呼びかけながら、何度も何度もまばたきをする。


「優斗くん!」

「――優斗!」

「あっ、アンタたち!」


 その度にみんなの姿を発見することが出来ていた。

 怯えたように僕を縋るような目で見る東雲さん。

 木刀を肩に背負いながら、焦燥感を浮かべた表情で辺りを見渡す西條くん。

 そして、猫のような……いやなんだあれ? ぬいぐるみにも見えないし……謎のナニカを、不安そうに胸元へ寄せてぎゅっと抱える北斗さん。

 最後に僕、南田優斗。


 それは、僕らの班だけが、ここに集合したという意味だった。


「み、みんな! 大丈夫だった!?」


 誰もいまの状況に追いつけている人はいない。

 お互いに安否を取りながら、頷く西條くんや北斗さんを見てほっと一安心しつつ。


「……もう、どこに行ってたんだよ。二人とも」

「あー……み、南田? いまソレ重要?」


 ぎゅむぎゅむと手元の毛玉を気まずそうに揉みながら、北斗さん。

 いやまあ確かにいまはそれどころじゃないと思うけど……というかそういう話なら、君の手元のその生物に僕はすごく好奇心を刺激されているよ。

 猫でも犬でもぬいぐるみでもなくて、ふわふわとした三十センチほどの毛玉。

 やっぱり、気になったので質問する。

 北斗さんは絶妙に躊躇いながら、斜め上を見て、唇を尖らせながら言う。


「ひ、拾った! そう、可愛いのがいるなって……」


 いやいやいや。絶対嘘だ。別に可愛くもないし。

 控えめに言ってすごくブサイクだと思う。……いや、本当にブサイクだな……。

 猫というには不自然な姿で、球体というか、モフモフしすぎているというか。手足なんか見えないし、目は正面に付いていて、尻尾だって見えやしない。

 本当になんだその毛玉。

 僕は不審そうなジト目を北斗さんに送りながら、次に西條くんを見た。


「……………野良猫がいたから遊んでたんだよ」


 こっちもこっちでなにやってんだ。不貞腐れながら言うセリフじゃない。


「大河くん……」


 東雲さんの呼び方が切ない。

 僕は眉間に指を当て、重苦しいため息を一つ吐く。


「置いてったのはお前らだろうが」


 いやごめん。本当にごめん。それは申し訳ないと思うけど、でも班として団体行動を取る以上寄り道とかはせずに修学旅行に集中してくださいと班長として思います。

 というか不良が猫を可愛がるんじゃない。好感度上がっちゃうだろう。誰かの。


「……それで、ここがどこか。だよね」


 頭を抱える。東雲さんは、僕を案じるように近くに寄り添ってくれていた。

 それだけで僕は安心するし、東雲さんも僕の隣が安心できると思ってくれているのなら、すごく嬉しい距離感に思う。

 まあ、問題児二人のほうに寄るのかと言えば、僕が安パイなんだろうけどさ。


 辺りを見渡す。

 地形としてはただ平坦だ。ひび割れた地表にゴロゴロと乱立した岩、枯れ木がいくつか立ち並ぶばかりで、遠方には川があり、その奥を山脈のような山々が阻む。

 先程までいた場所と比べて、あまりにも見晴らしが良すぎる。


 日本じゃないのは確かだろうなと思った。

 だって、なにもないんだもの。

 そのなかで、岩のように見えていたものの一つが半壊した建物であることにも気が付いたけれど、まあ、当然ながら人の気配などというものはないわけで。

 取り残された、という感覚に近い状況だ。


「帰れんのか?」

「電波飛んでないし。どうやって助けを呼べばいいのよ」

「なんでこんな目に……」       『こほん』

「ど、どうして私たちだけなんだろうね……?」


 本当に。訳の分からない現状に、僕らは四者四様の反応を見せ――ねえ。


 いま、誰か咳払いしなかった?


 それもすごくダンディズムを感じる、この場にいる誰よりも低い声だったように思う。


「……………」


 それはみんなも気付いたみたいで、一斉に沈黙を作って視線を配り合って確かめる。

 北斗さんが、手元の毛玉をぎゅううと不安そうに抱き寄せた。


『傾聴せよ』

「ひっ」


 毛玉が投げ捨てられた。


「おい喋ったぞ!」

「きっっっっっっっも!」


 無情にもワンバウンドして転がる毛玉をよそに、僕らは慌てて距離を取る。警戒するように木刀を構えた西條くんに、守ってもらう形で三人隠れて毛玉を見つめる。


 もぞもぞと身動きした毛玉はその上体(?)をゆっくりと起こし、角度によっては様々な色にも見える虹色の瞳を僕らに向けて、そのダンディな声を押し出した。


『貴様らにはこれから、この世界復興がために労働してもらう』


 それは、とても厳かな声だ。すごく重たくて、のし掛かるような、そのモフモフな姿のどこにあるんだと疑うような声帯で、その毛玉は僕らに宣言をする。


『我輩は、神である』


 つんつん、と西條くんが木刀の先で毛玉を突いた。

 ごろんと毛玉、もとい神様が転がると、ひっくり返った亀のようにその長い毛にうもれた短い手足をバタバタとさせて起きあがろうと試みる。

 暫くして、


『……起こしてほしい』


 情けない声で懇願してきた。

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