Chapter.4 災厄の四人

 場所は移動して、近くにあった半壊した建物に腰を落ち着けて話すことにした。


 時間の経過につれてだんだんと強まってきた砂風を完全に防ぎ切れるわけではないけど、一面の壁を遮蔽物に見立て、瓦礫を椅子にして会議を開く。

 議題はもちろん神様についてだ。


「本当に、どこで拾ってきたんだよ北斗さん……」


 神様には少し離れた場所でぽつんと待機してもらい、僕たち四人は向かい合わせに座ってひそひそ話をする。三人の疑惑の眼差しを受けて、北斗さんはどこか恥ずかしそうに、そして気まずそうに、指先をツンツンと突き合わせながら打ち明けてくれた。


「そのさ……京都っていろいろ曰くあったりするじゃん……」


 曰くというとなにか違うような気がしなくもないけど、まあ。日本のなかでも特別な場所だよね。京都は。それこそ古都なわけで。


「だから、なんか、謎の生物がいる!って思って、あれやばくねってなって……」


 ……UMA的な? まあ、うん。


「で、追いかけてたら、アンタたちとはぐれちゃって……」


 この辺りから僕は頭を抱える。


「捕まえたら、なんか、カミサマだった、みたいな……」

「……………………………………………………………………………………………………」


 ……なんというか、ものすごく居た堪れない気持ちだ。

 カァーっと顔を赤くして両手で覆う北斗さんを、東雲さんが隣に寄り添って慰める。僕はそれを白けた目で見守る。


「うん……まあ、うん……」


 言葉を選ぶのは難しいね。フォローがまるで思いつかない。

 なんでうちの問題児はこんなにも精神年齢が低いんだ。猫と戯れたり追いかけたり。

 別に誰とは言わないけども、西條くんがくしゃみをしたので心当たりはあるとお見受けする。


「いま誰かに馬鹿にされた」


 なぜ分かる。


『話は纏まったか』


 いやまだなにも纏まってないよ。こっちはそれどころじゃないよ。まず高校生としての立ち振る舞いに問題点が多すぎて。

 北斗さんに言いたいことは山のようにあるものの、痺れを切らした神様に声を掛けられた以上、仕方なく言葉を呑み込んで一旦切り上げる。

 僕たち四人は並んで、神様のほうへ向き直った。


「ま、まず、質問なんですが、僕たちはタダでは帰らせて貰えないんですか?」

『うむ。それは、対価として叶えよう』


 そもそも僕たちがこんな目に遭っているのも神様のせいだと思うんだけどな……。

 不服だ。声には出来ないけど。


「……じゃあ、何をすればいいかだけ、ひとまず聞かせてください」

『うむ』


 ――神様の話によると、こうだ。

 二十年前、この世界は災厄の四人と呼ばれる者たちによって終末を迎える。

 正確には、訳あって汚染が引き起こされてしまう。

 それによって人が住める環境ではなくなり、歴史は途絶え、滅んでしまった。

 僕たちがいまいる場所は、終末を迎えた先の世界。ポストアポカリプスと呼ばれる時代だ。


『聖水、というものがある』


 なぜか神様は北斗さんの太ももの上が大のお気に入りらしく、自ら飛び込んでいきながらもダンディな声でそう続ける。もそもそと、埋まるように動いている。

 北斗さんは、どうやら毛玉としては好きなんだけど神様としては好きじゃないみたいだ。複雑な表情で抱き抱えている。


『それを用い、残された汚染を浄化してもらいたいのだ』


 ――神様が話すには、どうやら事前に(大雑把だけど)浄化魔法というものを使って人が住める最低ラインの環境にまでは世界を戻しているのだそうだ。とは言え(大雑把だから)汚染の影響はまだ随所に残されており、それは毒のある果物や獰猛な魔物として地上にある。


 そんな世界で僕たちに与えられた目的は、浄化魔法の効果を色濃く受けた聖水というアイテムを見つけ出し、神様が(大雑把すぎて)浄化しきれなかった汚染を取り除いていくこと!

 それが僕らのお仕事だ。と神様は僕らに説明した。

 声が無駄に良すぎるせいで、するすると内容は入ってくるけど……。


「もう一度その浄化魔法とやらをやればいい話じゃねえか?」


 西條くんがもっともなことを口にする。

 それに対して神様は、


『汚染が広く蔓延していたからこその浄化魔法である。今となってもう一度行えば、漂白されたはずの土地でさえ更に浄化することになり、その全ては無に帰ってしまうことだろう』


 すごく恐ろしいことを、まるで脅すように言った。

 でも、西條くんはすぐに反発する。


「じゃあ一回目から真面目にやれや」


 ……そ、それに関してはド正論だ。当事者ではない僕でさえぐうの音も出ないと思う。

 確かに、先ほどの説明からも神様の雑なところは感じられた。僕が盛ったわけじゃなくて、そのようなニュアンスは実際にあったし、西條くんも感じ取っていたらしい。


 それは、神様スケールなのかも知れないけどさ……。

 色々気になるところはある。なんで僕らなのかとか、腑に落ちないところは山のようにあるわけで、僕らはごくりと成り行きを見守った。

 ここの神様の返答は、今後を考えてもとても大事なことだと思ったからだ。


『………』


 いやいやいや。本当にぐうの音も出なくなっちゃってるじゃんか。

 神様が押し黙らないでほしい。威厳がないよ。悲しくなるよ。

 そんなに核心付いてたかなあって申し訳なくなってくるよ。

 気まずい空気が流れ始める。

 なんかもう、色々ダメかもしれない。

 そうやって一種の諦念を覚え始めてしまっていると。


『……貴様らの、先代がこの世界を破壊したのだ。これは贖罪であると知れ』


 どこか躊躇いがちでありながら、弱々しい声音で神様はそう吐き捨てた。

 思わぬ言葉に、僕は素直に問い返す。


「先代……?」


 神様の、何色にでも見える瞳が僕の方へ真っ直ぐに向いた。


『そうである。例えば、この世界の文明レベルを極端に引き上げた北斗星一郎』


 ほっ、北斗星一郎……!?


『暴虐を尽くした南田叶恵』


 お母さんなにやってんの!?


『酒と女に明け暮れ、責務を放棄していた西條秀樹』


 有名人とほぼ同姓同名になるから肩書きに迷惑がすごい!


『最後に、彼らの手綱を握っていた東雲悠人』


 手綱を握る東雲悠人――ん? ゆうと?

 思わず東雲さんを見る。


「う、うん。そうだよ、私のおとう……父と、優斗くんは同じ名前。漢字は違うけど」


 東雲さんが恥じらいながら教えてくれる。その表情に少しドキドキしてしまった。

 お父さん呼びを恥じらうところかわいいな……とか脱線しちゃう。

 ってそれどころじゃなくて。


「待って待って! それっていつの話なんですか!?」

『およそ、二十年前である』


 僕のお母さんが確かいま三十九歳だから……というか、二十年前に異世界転移って。

 一回もそんな話聞いたことがないよ。それはみんなも同じなようで、頭の中に自分の親の顔を描きながらも「ナイナイ」と全員が首を振った。


 それでもそんな風に言われたからか、万年反抗期の西條くんは唇を尖らせてぶうたれる。


「だったら親父共をここに呼べばよかったろうが」

『……実は、彼奴らがこの世界を荒らした後、すぐに我輩は大規模な浄化魔法を使い、一時眠りについていたのだ。しかし、その浄化魔法では完全に汚染が取り除けていないと気付いた時には既に五年の歳月が経過し、慌てた我輩は、彼奴らを呼び出して頼み込んだ』


 命令じゃなくて、あくまで頼み込み。なところに僕ら相手とは違う恐れを感じる。

 というかやっぱり、威厳ないよこの神様。

 言葉の端々に自業自得感があるんだけど!

 本当になんなんだこの毛玉は……。


「結果は?」

『子がいるのでと断られた』


 ……確かにその頃には、僕らは生まれているはずだ。そこに違和感はないし、そうしてくれたお母さんたちにちょっとした嬉しさを覚えてしまうけど……。


『ならばと我輩は閃いたのだ。その、子を使えばいいと』

「「外道じゃねえか」」


 ほんとだよ。僕と西條くんが口を揃え、北斗さんがぎゅむっと毛玉を押し付けて怒りを表す。

 ここは僕が反論する。


「だいたいそれこそ今まで何年もあったでしょ! なにしてたんですか!」

『無論、彼奴らの現代での姿を監視していた。と思えば、おお、おお、人間とはげに恐ろしきものだ。社会の中ではあれほどまでに、欲ではなく理を律しているとは』


 う、うん……まあ、お母さんは常識人だったよ。そう思ってたよ。


『獣だと思っていた』


 なかなか酷いなこの神様。

 というか僕たちの親は本当に何をしたんだよ。神様がこんなに怯えるって!

 なんだったら、いますぐにでも家に帰って問い正したい所存である。

 ツッコミどころが多すぎるって……。

 神様が再び大きくコホンッと咳き込み、無理やり軌道修正を図る。


『よって、貴様らはこの世界の為に尽くさなくてはいけないのだ』


 ……切実にやめてほしい……。これはもう決定事項なのだろうか……。

 文句しか思い浮かばない、理不尽な要求には変わりないんだけど、親がやらかしたんだから。みたいに言われると子としてはかなりむず痒いものがある。

 率直に言ってとても気まずい。神様に強く出られないでいると、ここで、東雲さんが律儀に片手を挙げながら質問した。


「あ、あの、だからと言って私たちにそんな、毒があったり魔物がいるような世界で生きていくことは出来ません……」


 それは確かにその通りだ。

 まず前提に立ち返ってみても、そもそもこの世界は危険で、無理がある。サバイバル知識も知恵も大人よりないような、まだ高校生という身分の僕たちにはあまりにも荷が重く感じられて、だからこそ神様に僕ら以外の適任者がいるのでは。と、訴えかけることが出来るんじゃないかと思った。

 あるいはもしかしたら、何らかの対抗手段を与えてもらえるかも知れない。


『うむ。我輩も、先代という前例がある手前、安易に力を与えるつもりはない』


 ……二の舞にしたくないという魂胆がすごくよく見えるな。

 ここまで来ると神様が全部悪いような気がしてくる。

 マッチポンプというやつなんじゃなかろうか。それも天然の。

 ますます、救いようがないように思えてしまうけど……。


『しかしまた、小娘の申したように、この汚染世界があまりにも危ういことは我輩も承知していることだ』


 ――よって、と神様が言葉を続ける。



『残機三回。この世界に於いて、貴様らの命を三度は修復することを約束する』



 お淑やかな東雲さんを除いて、三人による渾身の「はぁ〜!?」が響いた。

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