Chapter.7 野営の用意

 それから。

 川辺をなぞるように歩いていると、土埃の奥からやっと王都らしきものが目視で見られるようになっていた。それはつまり、そういうこと。


「……さすがにこれは遠すぎるだろ」


 異世界転移して一日目。

 僕らは野宿を余儀なくされた。


     ☆


「あの、神様。ちなみになんですけど、例えばテントとかってゴッドパワー的なものでポンと出せたりはしないんですかね……」


 日没が近い。ずっと歩いていた。さすがにみんなもくたくたなようで、お腹も正直ぺこぺこで、早めに拠点の設置が求められる。


 川辺がいいなとは思うんだよね。ただ、この辺りはあまりにも殺風景で、風を凌げる遮蔽物もない。さすがにそのまま野宿するわけにもいかない。


 ……だから、我ながらいい加減な話だとは思いつつ、一か八かで尋ねてみる。

 と、意外にも神様は、神様らしいことを言った。


『ふん。我輩は神である故、無論のことながら可能である。ただし対価は求めるが』

「すご……。その対価とは?」

『それは、価値があるものだ』

「えっと……例えば……………」

『貴様にとって大切なものはなんだ』


 価値あるもの。価値あるもの。

 それは、いったい……。


『マネーである』


 現金かよ。


 一番初めに外していたよ。求められるとは思わなかったよ。この場合の価値って命とか記憶とか友情とかかけがえのないものじゃないんですか。自分を見つめ直していたよ! 恥ずかしいよ! やめてくれよ!


 思った以上に俗物的だ。というか神様のくせになんで現金なんだ。気分的にはめちゃくちゃ白けたよ僕。……少し神様には待ってもらって、僕らは審議タイムに入る。


「……アレどう思う?」

「あいつほんとに神様なの?」

「ケチくさいよね」

「別に出せるならそのまま出してくれればいーのに」


 主に僕と北斗さんの不満が爆発している。


「ち、ちなみに、みんないくらくらい持ってきていたりする……? 僕は二千円」

「私は修学旅行だからと思って、三千円まで持ってきてるよ……!」

「四百五十円」


 君は木刀買ってるからね。


「北斗さんは?」


 最後、彼女は、こちらの期待を煽るようにわざとすぐには言わないで押し黙る。僕はまんまと固唾を呑んで、彼女の発表を心待ちにしていると、北斗さんは、目をカッと開いて。


 きゃぴーんとしたような片目ウィンクに、ピースを添えて堂々と言う。


「五千円!」

「おぉ、リッチメン」


 ヒエラルキーのトップに立ちました。僕は拍手をして讃える。

 というかなんでそんなにノリノリなんだ。僕もノリノリになっちゃった。


「つうか、あの野郎は金貰ってどうするつもりなんだよ」

「それはそうだけど……でも、むしろいま一番僕らが失っても困らないものって、現金くらいになっちゃうだろうし」


 足元を見られている気がしなくもない。

 帰ってからは困るけど、だからってね。命や環境には変えられない。元の世界に戻るためなら、仕方のないような部分ではある。

 まさか神様にカツアゲされる日が来るとは思いませんでした。

 半ば脅迫ですよこれ。買わなきゃ困るのは僕らだし……。

 それくらい、タダでくれたっていいと思うんだけどな……。


「協力してもらっても、いいでしょうか」


 班長として心苦しいけど、頭を下げてお願いする。

 みんなも、渋々ながらではあるけど理解を示してくれた。


「クズだろあの毛玉」

「もったいないわァ……」

「僕ら高校生なのにね……」

「うん……ちょっとガッカリする」

『聞こえているぞ』

「地獄耳のケチじゃん」

『我輩を舐めすぎではないか?』


 ねえ。こっちの密談に割り込まないでください。

 がめつい上にデリカシーもないんですかこの神様は。

 はぁ、とため息を一つ吐き、仕方なく僕は振り返って質問をする。


「ちなみに、テントっていくらですか?」

『いちま――』

「お金、使ったらお母さんに報告しなきゃいけないんです」

『……千円だ』


 僕は聞き逃してないからな。

 というかやっぱり、その変わり身だったり絶妙に威厳のないところが、先代含め舐められやすい原因なのではないだろうか。


「……じゃあ、千円でお願いします」


 何も聞かなかったふりをして、神様の気が変わらないうちにさっさとお支払いを済ませる。

 この神様本当にダメかもしれない……。カッコ悪いよ。スタンスがぶれぶれすぎるよ。なんかチンケな感じがするよ。

 こっちの全財産でふっかけてこようとしたよね絶対。

 むしろこっちが舐められてたよ。

 ものすごく怪訝な表情で神様を見ていると、そのモフモフな毛のなかに千円札を入れ込んでから、『……どれくらいの大きさにする』と僕らに相談してくれた。

 代表して僕が答える。


「え……それはもう、全員寝れるくらいの……男女別に出来ればなおのこと嬉しくて……」

『一万でも安い願いだな』


 アマゾンセールでもそうはならんぞとグチグチした小声が聞こえた気がする。

 ……この神様本当に神様なのかな……………。

 不信感しか抱けずにいると、しかし神様は『少し離れよ』と渋々そうな言い方で僕らを周囲から遠ざけた。何をするんだろうと思っている間に、ふと、まばたきをし、次には赤い色をしたド派手な高級テント一式が現れる。どさっと地面に落下したソレは組み立てられる前のキット。類似既製品でもありそうな、しっかりした状態のものであった。


「あ、ありがとうございます! 神様」

『うむ』


 改めて目の前で起こる不可解な現象に、魔法だ! という感動を覚えてドキドキとしながら僕はそれを拾わせてもらった。


「テントの組み立てってどうするんだろう?」

「あ、私、分かるよ。中学生の時に、家族でキャンプに行ったことがあるんだ」


 うそ! そうなんだ、それは知らなかった。

 東雲さん、キャンプしたことがあるんだ! 羨ましい。

 うちはその、二十年前のまだ結婚していない頃のお母さんが南田姓である通り、僕が幼い頃には離婚し母子家庭となっていて、あんまり家族でそういう場所に遊びに行くって考えになったことがなかったんだよね。


 だから純粋に、いいなと思う。東雲さんとバーベキューがしたい。

 絶対楽しいじゃないですか。いいなあいいなあ。最高。そして東雲さんはかわいい。


「……あいつの態度あからさますぎねえか?」

「童貞なんでしょ」

「聞こえてるんだけど」

「ヘッ、地獄耳の童貞」

「ちくしょう」


 血涙が流れそう。というか鼻で笑うな。童貞言うな。僕は健全に生きてるんです。そして東雲さんの目の前でそういう話をしないでください。

 思わぬ茶々に顔を引き攣らせながらも無視して作業に取り掛かろうとする。


「僕に手伝えることってある?」

「あ、えっとね……優斗くんじゃあちょっと力が足りないかもしれなくて、役割分担を考えると……」

「………そうだね……」


 おっかなびっくりと上目遣いで僕の様子を窺いながらそう評価を下してくれる東雲さんに、僕はトドメを刺されました。死にたい。でも死者蘇生しちゃう。余計居た堪れなくなる。


 あと、西條くんが吹き出して笑いやがった。

 そうですね! 僕非力ですから!? 力仕事は西條くんのほうがいいだろうね! へっ!

 ちくしょう。もう、みんな敵だ(血涙)


「じゃあ、僕は焚き火用の枝を拾ってくるから……」


 とぼとぼと分担行動を始める。

 きっと僕の背中は、実に丸く、小さかったことだろう。

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