Chapter.8 毒味

 そして。

 荒野にも枯れ木は所々に生えている。

 川辺の近くは本当に平地で何も見つけられないんだけど、五分も歩けば枯れ木林がそこにはあって、荒野であるのも相まって見事な乾燥状態をしていた。

 つまり、焚き火に最適な薪を集められる場所だった。


「ライター……とか、神様から買った方がいいのかな……」


 朽ち落ちていたりする枝を拾って、ぱきりと折りながら採集する。

 細めの枝が十数本の束になってきたところで、僕と同行していたはずの北斗さん(手伝ってくれていない)が遠くの方向から呼びかけてきていることに気がついた。


 あんまり大声を出すと魔物の危険性が……などと考えながら振り返る。


 するとなにやら、こちらに駆け寄ってくる北斗さんが遠目でも分かる禍々しいものを手に笑顔でこちらへ向かってきているのを確認した。

 ――最高に嫌な予感を覚えながら、彼女が辿り着くのを待つ。


「……どうしたの」


 嫌な顔で出迎える。


「これ見てみ? 果物があってさあ!」

「ウ、わあ……」


 見るからに美味しそうじゃない。

 なんで持ってきたんだ。

 どうするつもりなんだそれを。全く食べられそうな見た目をしてないよ。恐ろしいよ。

 絶対毒性の果物だよ。


「食べてよ」


 何を言っているんだよ。


 ………………………………………………………………いやいやいや、嘘でしょ、やめてよ。

 嘘だと言ってくださいよ。


 ニンマリ、とした笑顔で差し出してくる北斗さんに僕は戦々恐々とする。


 ずいと手渡された果物を見下ろす。

 まずもって色合いがキモすぎる。

 紫色の皮。黄色い斑点がある。確実に腐ったような色味なのに、元々そうあるような果物だから余計食欲がそそられない。

 形としては、バナナに近い。匂いはそんなに悪くなくて、どこかベリーっぽい気もする。

 五感に与える印象がチグハグすぎる……。


 食べたくない……。


「大量にあった」


 じゃあ野生動物も食べてないんじゃん!

 怪訝な表情で三百六十度見回して、匂いも注意深く嗅いで、そのあと意を決したように物体Xの皮をぺらりと捲る。


「……キモっ」

「グレープフルーツみたいなのが出てきたんだけど」


 バナナのように剥いてみると、中は柑橘系の中身のような、粒々とした果肉が五つくらいの房に分けられていた。


 そして、ものすごく赤い。知っている果物の要素が約三種、キメラのようなハイブリッドをしているせいで脳がバグってしまいそうだ。


 食べていいのか判断つかない。

 実だけを見るとまだ良さそうな気もするけど……。


「ま、残機あるしさ……」


 さすがに申し訳なさを覚え始めたのか、北斗さんがそうフォローを入れてきて、僕はジト目で彼女を見る。というかむしろ退路を断たれた気さえする。

 だからって、なら「君が食べて」とは川水の件があるから言いにくいんだよね。

 自業自得。致し方なし。


 ぷち、と一房を指で取った。潰してみると、中の果汁が指先に染み付いて、思った以上に赤色に染まる。

 これなんか着色みたいだ。すごく色が残る。

 ちろりと舐めた。


「あ、美味しい」


 ものすごく甘い。痺れる感じもない。ちょっとドキドキしながらも、それ以上の不安を呑み込む好奇心で、一房、そのまま口に放り込んだ。


 うん。

 美味しい。なかなかいいフレーバーだ。お腹にたまる感じはしないけど、良い水分量。そんなに大量に余っているなら、枝と一緒に持ち帰ってもいいかもしれない。

 これはいいんじゃないか? 良い方向に予想外だ。


 ただ、ちょっと口の中がキシキシする感じはある。


 色が付きやすそうだったから、そのせいだとは思う。舌とか真っ赤になってそうだ。

 うん。美味しい美味しい。

 北斗さんにサムズアップを向ける。

 けど。


「あ」


 僕はガリっと種を噛んだ。


     ☆



「――――うぅううわわわわわ!」



 ドスン! と、気付けば空中に放り出されていた僕は、再び荒野の地上に落下した。

 腰を地面に強く打ち付けてしまって、その痛みに思わず呻いてしまいながら。


「はぁ!?」

「え!? 優斗くん!?」


 なんだ!? いったい何が起きた!?

 理解が追いつかずに戸惑う。

 目の前には、テントを建設中の戸惑った様子の西條くんと東雲さんの姿がある。


「お前なんで急に……!?」


 目を白黒とさせる西條くんが物珍しいけど、僕は全くそれどころじゃない。

 あれ? なんでだ? ん? え!?

 さっきまで、北斗さんと一緒にいて、果物を食べて、それで、僕は……?

 なんでここに転移したんだ? 全然わけが分からない。


「どっ、どうしたの!? 優斗くん!」

「う、うん、いや、なにも。あれ? 僕は……」


 頭の整理が一ミリもついていなかった。

 そこで、ぴょこ、と頭の上にフワフワとした感触のものが乗る。

 神様だ。


『貴様はたったいま死んだのだ』

「……………いやいやいや」


 いやいやいやいや。嘘でしょ。待ってくれ。

 まず死亡が早い。おかしいでしょ。この世界に来てまだ二時間経つか経たないかくらいの時間なんですけど!

 そうと言われても実感がなくて、まだ、何が起きたのか、僕はよく判らないでいる。


 と、遠方から土煙を巻き上げながら、慌てるようにこちらへと向かう北斗さんの姿があった。

 僕とばっちり目があった。


「!?」

「あ、北斗さ――」


 ……絶叫を上げないでほしい。

 幽霊でも見たみたいに悲鳴を上げられてしまった。

 金切り声に顔をしかめて、すぐさま踵を返してどこかへ逃げようとする北斗さんを西條くんが捕まえに行く。

 ドタバタすぎる。落ち着きたい。

 一旦整理をつけるために、僕はここで深呼吸をした。




 いや、残機の使い方よッ!(心からの叫び)



 ………。


 ………………。


 ………………………。


 三分ほど休憩した。


「南田がっ、南田がァ……!」


 ひっくひっくと泣きじゃくる北斗さん。東雲さんに慰められている。

 僕はものすごく気まずい思いでいる。

 何故なら、自分の死に様を目の当たりにしたわけじゃないからだ。


「泡吹き出してぇっ……白目剥いてぇっ……ビクビクしてぇっ……!」

「ちょっと待て」


 おかしいおかしい。思っていたよりえげつないな!

 え、そんな毒物なの? というかそんな醜態晒したの?

 ゾッとする。こわいこわいこわい。

 確かめるように自分の身体を抱きしめる。


「つうか、お前らはなにをしてたんだよ」

「それは……その……ええと」


 テントは未だ製作途中でありながら、西條くんに凄まれて、二人。僕と北斗さんはお互い気まずそうに正座で座る。北斗さんはまだちょっと泣いている。


「変な果物がありまして……」


 かくかくしかじかと、後ろめたくも。

 西條くんはものすごく怪訝そうに、眉間の皺を深めていた。

 見下ろされるのものすごく怖い。恐喝されているかのようだ。


 本能が『土下座しよう?』と提案してくる。


 証拠を提示したいところだけど、僕がどんな果物を食べたのか、その見た目を知ったら余計嫌な顔をされてしまいそうだ。好き好んで食べたわけじゃないとは強く言いたい。


 味はまあ、良かったとは思うんだけどね。実際、そんな醜態を晒すほどの毒があるなんて言われると、もう食べたくはないかなぁ……。


「あはは……」


 僕は気まずく頬を掻く。北斗さんに申し訳ないものを見せてしまった。


 ちなみに。

 僕の死体はまばたきのあと、跡形もなく消えたんだそうだ。


 一人取り残された北斗さんは焦り、とりあえず僕が集めた小枝を拾ってその場から逃げるように帰ってきてくれたらしい。

 僕は東雲さんのように慰めることは出来ないけれど、ひとまず謝罪と感謝をさせてもらった。


『毒性のある果物があると伝えたはずだ』

「ごめんなさい……。残機のおかげで助かりました」


 そして、それは神様にも。


「とりあえず今日は……お菓子を、食べよっか」


 前途多難だ。散々な一日だと思う。

 というか、残機三回程度では生き残れていく気がしない。僕もう二回だし。


 慎重に気を引き締めて、もう、その場のノリで食べたりはしないようにしよう。


 あの果物のことは教訓として。

 尊い一人の僕が犠牲になった瞬間である。

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