Chapter.6 川水は沸騰させてお飲みください

 ――生まれて初めて荒野を実際に歩くことになったけれど、例えば映画や、ドキュメンタリー系のテレビ番組、あるいはゲームで見るようなCGと感動はあまり変わらないもんだな、と意外にも思えてしまっていた。


 景色としての印象は、どこか既視感を感じるところすらある。


 とはいえ、風や砂。ひび割れた地表だったり、ジリジリとした日差しなどの体感として現れるナマの感触は、不快感という意味でのリアリティだった。


「疲れたら、無理せずに言ってね」


 修学旅行中のような自由行動をされては困るので、大人しくついてくる西條くんがすごく退屈そうにしているのを感じる。木刀は依然として肩に担いでいるけれど、人混みに溢れた京都のなかとは違い、こういう異世界を舞台にしてみるとものすごく立派な戦士に見えてくる。

 あとぶっちゃけ人目がもうないから、好きにしろっていう感じ。


「神様、魔物のことについて教えてもらってもいいですか?」


 移動の合間、黙々と歩くのも味気なく、神様に気になることを尋ねていく。

 北斗さんの頭の上に器用に乗っている毛玉は、僕の質問に、一拍遅れてから反応した。


『うむ。野犬のようなものだ。まともに取り合うべき相手ではない』


 野犬……。

 人に襲いかかるような、獰猛な野良犬の姿を思い浮かべたら、どこか怖気を感じるようだった。


 思わず周囲を気にしてしまう。この世界ではそんな魔物がまだ数多く存在していて、残機が三回与えられたってことは、それだけ死の危険がある世界なんだと裏付けされているわけで。


 ……やっぱり、不安になってくる。

 楽しめる気持ちは微塵もなくて、ただただ、どうなるのだろうと思考していた。


『もしも目が合った時は、背中を見せずに下がるがいい』

「分かりました」


 野生動物への対処法としてよく聞くものと、変わらないみたいだった。

 でも逆に考えればいいのだ。ドラゴンじゃなくてよかった。野犬に太刀打ち出来る、というわけじゃないが、まだ絶望的じゃないしどうにかなりそうな気もしてくる。


 それだけ、朗報だと捉えてみる。

 緊張感はあるけれど、神様のおかげで道が見える。

 僕たちだけだったら、動くことも出来なさそうな世界だったからね。


「喉渇いたぁ……」


 川辺にまで辿り着くと、砂漠のオアシスというほどではないけど荒廃した印象から一転。瑞々しさに溢れていて、だからか北斗さんは触発されるみたいにそう口に洩らした。


「飲んでいいのかなこれ……」

「別に良くない?」


 どうなんだろうか。川水って、あんまりよろしくないとか聞いたことがあるんだけど……。いやでも、野生動物の尿がー、みたいな話はこの世界だと通用しない?

 砂は混じるから汚いんじゃ……。

 さすがにここまでは神様も何も言ってくれない。

 僕たちで判断するしかない。


「腹壊しても知らねえぞ」

「ええ? 大河ぁそゆこと言う? もう喉カラッカラなんですけど!」


 日差しもすごいしね。正直、僕も喉は乾いているけど……。


「なんでアンタたちは平気なのよ!?」


 北斗さんが信じられないものを見るように僕たちを見た。

 ぽい、と毛玉が東雲さんに投げ渡される。北斗さんは、もう知らない! と言わんばかりに僕らに背を向けて川辺へ近づいていくが、さすがに誰も止めようとする気配はない。


「き、気をつけてよー……?」


 躊躇いがちに最後、僕は言葉を投げかけた。

 元気な声が返ってきた。


「―――――つっめた! あはっ、すごいすごい! ここの水絶対綺麗だわ!」


 チャプチャプと片手を浸けて水の温度を確かめながら、はしゃいだように北斗さんが振り返ってそう話してくれる。

 思わず僕らも近づいていく。


「あ〜……涼しい……」


 心地良さそうだ。涼しそうな彼女を横目に、僕もぴと、と手を浸ける。

 ……ほんとだ、気持ちのいい水だ。近くで見ればより分かるけど、透き通って砂利まで鮮明に見られる川。さすがに魚はいないけど。

 でも、少ないけど、水草は生えているし、本当に綺麗なのかもしれない。

 水と空気は優先的に、意識して神様も浄化してくれていたりするのだろうか。


「あっ」


 気付いたら綺麗な流水を両手で掬って、そのまま口に運んだ北斗さんがいたので見る。

 ごくり、としたのをまじまじと見つめてしまっていると、不快そうにジロリと睨まれたので僕は慌てて目を伏せた。


 ……うん、うん。と味わうように唸ったあと、彼女は僕らにとびっきりのサムズアップを向け、自信満々に声高に言う。


「うまい!」


 圧倒的な信頼性だ。安心感がある。CMが撮れる。

 続くようにみんなも喉を潤しに行くと、徐々に彼女のキラキラとした目が据わったジト目に置き換わっていく。


「もしかしてさ」

「……………」

「アンタたちね」


 いや、その、うん。別にね、そういうつもりではなかったんですけども。

 喉が渇いていなかったわけじゃないというか、正直に言えば言い出しっぺにはなりたくなかったというか。

 代表者一名というか、何事もまずは誰かがね? うん。


 頭の中で言い訳をするが言葉には実際に出来ていない。だって北斗さんが怖いんだもの。

 居心地が悪くなってきた僕はそのまま、しばらくの時間を静寂にして過ごしたあと、ただ感謝を込めて北斗さんを一度拝んだ。

 それから立ち上がり、何事もなかったように旅を続けようとする。


「……ぅわ、ひっど!!」


 飲み水、無事確保しました。(東雲さんの好感度DOWN!)

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