エピローグ 再開/再会

Chapter.44 別れ

 世界はこれにて救われる。

 悪魔もいないし魔物もいない。世界はこれから、立て直せるかもしれない状態になった。


 これが一だ。スタートライン。

 世界はここからまた動き出す……。


 だけど、クゥリたちは大丈夫だろうか。クゥリだけでこの先生きていけるのだろうか。


 復興なんて簡単じゃない。基盤を直していくのは難しい。何年も、何十年も掛かるかもしれない。これで救ったと僕らがいうには、あまりに投げやりなのかもしれない。


『契約は果たされた。これより三時間後、貴様らを現実世界に返還する』


 お別れは、いつの間にか差し迫っていた。


     ☆


「……これで、容体は安定するはず」


 病床の女の子に聖水を飲ませる。直前まで荒い呼吸だったが、目に見えて落ち着きを取り戻していく彼女の姿に、僕たちはホッとしたような安堵をもって水筒の蓋を締めた。


「これからしばらくは水分補給を聖水に置き換える形で、長くても一週間。そしたら、きっとトルハちゃんは目覚めるだろうって神様は言ってくれたよ」

「うん、うん!」


 水筒を手渡すと、クゥリは両手いっぱいに抱えながらぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表していた。その表情はたまらないほどに嬉しそうで、僕らもついつい笑みを溢す。西條くんが彼の頭に手を乗せる。


「くしし、くしし。タイガ、ありがとう」


 きっとこれから、僕らはクゥリの助けになることは出来ない。

 聖水を確保した時点で僕らは終わり。神様にゴネることも出来なかった。


 散々帰りたがっていたのは僕らのはずなのに、いざこの瞬間になるとどうしても、名残惜しくてたまらなくて。


「ユウトも、ミユキも、レナも、みんな、ありがとう」


 胸がじんわりと熱くなる。だけどそれを悟らせない笑顔で、僕らはクゥリを暖かく見守る。


「トルハを、救ってくれてありがとう」


 ――だけどやっぱり。クゥリの一番は、彼女なんだな、とそう思った。

 彼の生き甲斐は間違いなく、トルハ一人のためなのだろう。

 僕はぎゅっと拳を握り、反射的に口にする。


「でも、クゥリ。僕らが一番助けたかったのは――……」

「言わなくていいだろ」

「……そう、かな……」


 そう、なのだろうか。僕に答えは分からない。

 依存とは違う。クゥリは自立出来る。だけどどこか時折、人を疑うことがなく、自己犠牲的な彼の姿を案じてしまうところはある。


 君も愛されているんだよ、って。本当は、蚊帳の外の人間で、二週間にも満たない時間で何を知った気になってるんだってクゥリには思われてしまうかも知れないけれど、僕はそんなふうに考える。


 クゥリにとっての一番はトルハちゃんだ。

 だけど僕らにとっての一番は、間違いなくクゥリ本人で。


 ――僕らに、君を救ってあげることは出来たのか、知りたくて。

 だけど同時にこうも思うのだ。


 西條くんの言う通りで、これは、聞かぬが花というやつなのかも知れない。


 所詮先代の尻拭いの僕らは、この世界の全盛期も知らなければ、具体的にどういういざこざがあって汚染まで発展したのか知らないし、こんな荒廃した世界でクゥリを始めとする生存者の方々がどんな苦労をしてきたかを知らない。


 僕らに知ることは出来なかった。


 だからこうやって、用済みじゃないけど任務が終わればすぐお別れになる。

 僕らは所詮それぐらいの立場にしかいなくて。


「……いや、言うよ」


 違う。そんなのはイヤだ。何もやり甲斐がないじゃないか。


「クゥリ。僕らはね、クゥリのことが大好きなんだよ」


 これは独善で、エゴで、偽善で、一方的な押し付けってなるのかも知れない。そう思われたくはないけれど、そう受け取られても仕方のない行為だ。

 だけど僕は、クゥリに言いたい。伝えたい。残したい。

 想いを、言葉を。


「クゥリに生きて欲しいんだ。クゥリに笑っていて欲しいから」


 しゃがむ。目線を揃える。クゥリを子どもとしてではなく、対等な人間として見つめる。尊敬の意を込めて、それでもなお、伝えたいことを僕は涙混じりに言う。


「僕らはね、普通の人間だよ。特別なことは出来ない、クゥリなんかより甘やかされてて、全然出来ないことのほうが多い」

「……で、でも、ユウトたちは、すごいよ?」

「ううん。だってさ、火の付け方も知らないし。魚も獲れないんだ。野宿なんか生まれて初めてで、クゥリに助けられてばっかりだった。クゥリをいつも尊敬してる」

「ち、ちがっ、だって、でも、みんなは、クゥリじゃ出来ないようなことを……」

「そんなことない。ただ人数がいて、みんな君より年上なだけだ。本当にね、僕らは何の力もなくて、選ばれし勇者なんかでもなんでもない。僕らは英雄にはなれない」


 いまはクゥリが子どもなだけ。

 僕らが大人としてあっただけ。


 逆の立場、あるいは対等な位置でこの物語が始まっていたら、クゥリは僕ら四人が束になってやっと出来る一つのことをたった一人で行ってしまえる逞しさが確かにあった。


 その証左が、彼の人生だ。こんな小さな背中には見合わない人生を歩んできているのだから。


 クゥリは、誰よりもかっこいいんだ。


「じゃあさ、ならね。普通の人間の僕たちが、本当は僕たちよりすごい君にそうやって言ってもらえるほど頑張れたのは、君の笑顔があったからなんだよ」


 怪我をするのが怖い。魔物の近くに寄るのが怖い。惨状を見るのが怖い。探索なんかしたくない。温かいご飯を食べたい。温かい風呂に浸かりたい。ゲームをしたい。遊んでいたい。暖かい布団のなかで、気持ちいい夢を見て寝たい。


 いつだって、死にたくない。


 この旅路は辛かったけど、ただの一度も音は上げていない。みんなそうだ、僕たちよりももっと厳しい世界で生きている、すごい人を目の当たりにしていたから。

 僕らも触発されてきた。ここまで走り抜けることが出来た。


「クゥリ。もう一度言う。僕らはクゥリが好きだ。クゥリを助けたくて頑張った。クゥリのために、頑張れた。クゥリはそれだけ、僕らに愛されたんだ」


 それを誇ってほしいし、クゥリは、自覚をしてほしい。


「感謝をするのは僕らのほうだ。ありがとう、クゥリ」


 尊敬する恩人へ、ハグをもって愛を伝える。

 いままでずっと一人で戦ってきた少年に。


「―――」


 僕らはこんな小さな子に、教わることばかりだったんだ。

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