Chapter.45 おかえり

 それからは残りの時間を無駄にしないためにも、様々なことをやった。


 出来る範囲の地上の掃除もしたし、聖水の運搬。クゥリとたくさんお話しして、僕らは僕らの知っていることをクゥリに教えた。物の使い方、ライターも持ち帰るつもりはなかったから。


 トランプも一ケースあげる。一人でも出来るソリティアや神経衰弱から、トルハちゃんが目覚めたあとに二人で遊べるだろうと思って、スピードや戦争という二人遊びも。


 写真を撮る。笑顔のクゥリが写る。


「残ってるお金で服買ってあげない?」


 北斗さんがそう提案してくれた。


 クゥリにどういうのがいいか聞くと、西條くんのパーカーとカーゴパンツ姿を憧れているのか欲しがっていて、僕らは苦笑したあとで似たような服を神様から買った。


 動きやすいだろうしね。クゥリはまだ成長期だろうから、多少オーバーサイズにもしておく。


「にひ、にひひ。かっこいい」


 うん。似合っている。フードを被るとぶかぶかだから、顔は隠れてしまうけど、にんまりとした満面の笑みは雰囲気から伝わってくるようだ。喜んでくれて嬉しい。


「西條くんみたいになるんだよ」


 でも愛想はいまのクゥリのままでいてほしい。成長したクゥリはきっと、西條くんくらいのイケメンになるんだろうなと思ってしまいながら。

 そろそろ時間になってしまっていた。


「あたしら居なくても大丈夫ー?」


 北斗さんが茶化すようにそう言った。クゥリは静かにこくんと頷く。

 その反応が、琴線に触れたのかどこか涙ぐむ北斗さんが、ぎゅっとクゥリを抱き締める。


「もうっ」

「大丈夫。大丈夫、だよ」


 僕らを安心させるように、優しい笑みでそう言ってくれる。

 すごすごと引き下がる北斗さんと入れ替わるように、今度は東雲さんが前に出る。


「またいつか、絶対遊びに行くよ。クゥリくん」


 うん。

 みんな、表情はどうあれ、東雲さんのその言葉に頷きを見せてクゥリを見る。

 それが合図になったようだ。


『返還を開始する』


 ……深呼吸する。込み上げる悲しさを胸のうちに下ろす。やっぱりまだもう少し話したい。その名残惜しさが、波のように押し寄せる。


 だけど、どうしようもないのだ。どうしようもないのだから、いつものように笑顔で言う。


「またね! さようなら! クゥリ!」


 ―――――そうして僕らはまばたきした。


 二度目の感覚。僕らは独立した領域に立つ。


 目の前にクゥリの姿はあったけれど、既に同じ空間にはいないみたいな、ガラス越しの向こう側のような、そんな違いを感じた。


 繰り返すようにまばたきする。見知った光景が何度も訪れては、地下シェルター。京都。地下。京都。京都。地下。京都、京都と、徐々に僕らの世界が置き換わるように景色が移る。


 体が光に包まれる。隣にはみんながいる。


『時刻にして四時間半の経過として処理する。異論はないな』


 およそ十二日間の大冒険は、映画二本分くらいの時間で終わるらしい。それは喜ぶべきなのか悲しむべきか分からないけれど、少なくともこの思い出は。

 ずっと残り続けるのだから、対して大きな問題ではないかな。


「はい。神様はこれからどうするんですか?」

『あの少年を見守ろう。グロウシアのみならず、あの世界は我輩が再建する』

「……はい。よろしくお願いします」


 はっきりとそう宣言する神様を、最後の最後に見直しながら。

 やっぱ手伝えとか変なこと言われなくてよかった。


「言い訳、考えないといけないね」


 苦笑するようにそう言って、深呼吸。

 瞑目してのち、慎重に目を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る