Chapter.46 再開

『東西南北のくせに東西南北分からなくて迷子ってか。はは』

「「「「………」」」」


 どうしよう久々に会った担任めちゃくちゃイラっとくるな……。


 現在時刻は夜六時近く。僕らはタクシーに乗り、修学旅行で泊まるはずだった予定の宿へと向かっている。旅行中なので先生が直接迎えに来ることは出来ないから、到着したら代金を持つという話で僕らは素直に移動していた。


 ビデオ通話で動向を見守られ、話を聞き出されているところだ。


『全く揃いも揃って……無事なら何よりだけどな?』

「すみません……」


 言い訳は、はぐれてしまったとしか言いようがない。タクシーの運転手さんが優しい人で、充電器を繋げられるシガーソケットを貸してもらえての今現在の通話だけれど、スマホのバッテリーがみんなほとんど切れていることを免罪符に許してもらっていた。

 馬鹿だなと言われて、粛々とそれを受け止めつつ。


『まあいいや。早く帰ってこい。今後二度と俺にこんな思いはさせないでくれ』

「はい」


 適当だけれど、いい先生だと思った。有り難みというのを噛み締めるように再確認する。

 ……と。


「あれ? みゆゆ、髪飾り戻ったの?」

「え? あっ、ううん。そうじゃないの。これは、その……」


 ……う、北斗さんに勘付かれてしまった。僕は誤魔化すように窓の外を見つめる。


「さっきね。優斗くんが……」


 現実世界に戻った僕らは、当時の元いた座標に戻されてしまったみたいで、西條くんと北斗さんと当時のようにはぐれた状態となった。


 合流するのは簡単だったんだけど、少し時間が余っていたから売店に二人寄りまして。


 三百円くらいの安物だ。言い訳すると、髪飾りがないとクラスメイトに不自然に思われるんじゃないかなって、それもまあ無くしたって言い訳すれば済むことではあるんだけど。


 東雲さんは喜んでくれたので、僕としては満足している。


 しているんだけど、北斗さんに気付かれるのが恥ずかしくてちょっと居心地悪い。僕の照れ顔を見て、担任さえもハハーンと笑う。


 音声通話に切り替えてやると普通に怒られた。


「ふーん。やるじゃん南田ァ?」

「くっ」


 いままで上手くやってきたのに。しかもなんだったらこれからが修学旅行の本番なのに、すごく簡単にバレてしまっている気がする。……というか元からバレている説は、ある。


 ちくしょおおお。恥ずかしい。

 でも東雲さんはそれでも付けてくれているから好きぃ……。


「――え、せ、先生すみません親から電話繋げって来たので一度切ります!」


 と、僕は若干血の気が引く思いで姿勢を正した。


『ん、お、そうか。親御さんにもしっかり謝るんだぞ』


 文面から感じる怒りがすごい。僕は慌てて担任との通話を切り、お母さんから届いたメッセージを受けて反射的にすぐ応じる。


 普段はビックリマークやら何やらで感情表現を巧みに表現するお母さんだ。


 電話に出なさい。の一文だけなんて初めてされた。すごく怖い。


 おずおずとメッセージアプリを開いて既読をつけ、通話を繋ごうとする。


「あっ」


 ……信じられない。僕は凍りつく。


「嘘だ……………」


 母からの一言より、一段上。初日、僕が勢い任せに「どうせ届かないだから発散しよ」って思ったあの怪文書が。あの手紙が。反抗期メールが。

 なぜ送信完了されている。


 いや現実世界に戻ってきてネット環境が復旧したせいではあるんだけど。


 泣きたくなってきた。

 このスマホをいますぐ捨てたい。逃亡したい。お母さんに合わせる顔がない。


 ていうか絶対怒ってるよ、生意気なことしか書いてないもの、僕のちょっとした初反抗期だもの。怒られたくないよ。


 だめだ、既読無視することは出来ない。深呼吸する。

 王城潜入作戦の時とかよりもずっと緊張している。怖い。殺されるかもしれない。


 喉が乾涸びる。これをみんなに見られているのも一番電話に出たくない理由です。


 覚悟を決めよう。男、南田優斗。

 ここからが真のラスボスかも。


「……も、もしもし」


 すごく自分の声が上擦っているのに気付いた。面白がるように西條くんがニヤッとし、北斗さんが声を押し殺して笑っているのが聞こえて、僕はあとで説教しようと企む。


 とは言え。


 電話越しのお母さんは、しばらく反応がなかった。

 窺うように、僕は慎重に言葉を選ぶ。


「あ、あの、お母さん? ごめん、変なメッセージ送って。大丈夫だから、僕もみんな無事だし……ご、ごめん。心配かけた」

『……残機は消費したの?』


 やっと帰ってきた返事は、いつもの母に比べるとどこか温度が冷えていて、僕は余計に緊張した。素直に答えるべきなのか、嘘をついてでも安心させるべきなのか。


「……二回。でも、大丈夫だよ、お母さん」


 やっぱり嘘はつけなくて、熟考の末にそう絞り出す。お母さんは、僕の「大丈夫だよ」という言葉には安心してくれていない。


『私のせいね』

「違う。それは違うよ」


 ……どうやって。

 説得じゃない。弁明は、出来るものでもない。でも口を突いて出た否定から、どうやってお母さんを必要以上に心配させない言葉を選べるか考える。


 重たくは捉えられたくない。実際僕らは無事なのだし、迷惑ではあったけどただただ強要され続けたわけでもないのだから、そこはお母さんたちにも安心してほしいと思う。


「あー……えっと」


 言葉に迷って、ちらりと助手席からルームミラーを見る。と、何やらジェスチャーで、もこもことした丸を描く北斗さんの姿があった。


 合点が行き、僕は苦笑のあとで、お母さんにこうやって告げる。


「全部神様のせいだから」


 ぎょっとして振り向くタクシーの運転手さんとは極力目を合わせないようにしつつ。

 お母さんが、電話越しでキョトンとしているのが僕には伝わった。一拍遅れて、弱々しくはあるけれど笑ってくれたお母さんに、僕のほうが安心してしまった。


「修学旅行の続きをするよ。帰ったらまた、話をするから」

『そう。……安心した』

「ちゃんと、世界を救ってきたから。僕ら。聞きたいことも、聞かせたいこともあってさ」

「こいつまだ厨二病なんじゃねえか……?」

「あたしらの歳でフツー親とあんな会話出来る……?」

「反抗期も迎えてないもんな」

「うるさいよ」


 ガヤが。そして運転手さんも二度見しないでほしい。運転に集中してよ。危ないよ。というか僕がいま痛い人認定されているのが一番きついよ。

 これこそ弁明出来ない。ため息をつく。


「もう、電話切るから」

『あ、ちょっ、優斗!』

「……なに?」

『あんたが無事そうで安心したから。一言だけ、言わせてほしい』

「うん」

『お母さんの時は当時誰にも話せなくて、言われたくても叶わなかったけど』

「……?」

『おかえり。頑張ったね』

「―――――っ、うん」


 うん。頑張った。死ぬほど頑張った。辛かった。

 それでもめげずに十二日間を僕らは生きた。

 高校生でこんなことを経験しているの、世界中のどこを探してもきっといない。

 本当に、神様のせいだ。


「ありがとう」

『修学旅行、楽しみなさい』


 通話を終える。タクシーも宿に到着するようだ。

 駐車場に入れば、玄関の前には見知った先生の姿があって、窓からはクラスメイトの何人かが興味深そうにこちらに手を振っていて。


「八つ橋買えないの言っておくべきだったな……」


 残金がないからね。まあまあ、それは追々でいいでしょう。

 タクシーを降りる。駆け寄ってきてくれた先生が、僕らを確かめるようにバシバシと背中を叩いてくれて、宿のほうへと誘導してくれる。


 その先には、僕らが死ぬほど楽しみにしていた修学旅行が待っている。


「お腹減ったー! お風呂ー! ご飯ー! 枕投げー!」


 北斗さんが楽しそうに僕ら三人の背中を押す。西條くんの仏頂面があって、東雲さんのくすくすとした溢れ笑みがあって、頬を掻くような照れた僕の笑顔があって、北斗さんの無邪気な笑い声があって。


「今日はぐっすり寝よう」


 ああ、僕らの修学旅行はいま、この瞬間に再開したのだ。

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