Chapter.42 ラスボス
正面扉を二人で抜けて中庭に出ると、城門に配置されていたはずの大量の魔物が既に戻ってきていることに気付いた。
僕は両手で水鉄砲を、なんと西條くんは右手に木刀、左手に水鉄砲という二刀流スタイルで構える。
更に上空、斜め上の目線の先には、黒い翼を生やしたピエロがいた。
「――え」
『くふふふふふ。お待ちしておりました、ええ、ええ。わたくしの名は悪魔ニバス』
「なんで……」
――東雲さんが抱えられている。信じられない光景に、僕は思わず気を動転とさせながら慎重に観察することは忘れなかった。
彼女は気を失っているようだ。お姫様抱っこされているけれど、彼女の体のどこにも力が入っている様子はない。連れ攫われた?
この時クゥリや少女の心配は、思った以上に自分のなかに湧かない。目の前の東雲さんが何よりも心配で、僕は、一瞬で頭が真っ白になった。
『どうやらあのチンケな我が第二王子ィ、もとい王(笑)、は滅してくださったようですが……まあまあ。わたくしの願いはただ一つ。聖水を返還して頂きたい』
身構える。ニバスは続ける。
『もっと言えば埋め立ててほしい……我らは悪魔という性質ゆえ五メートル以上近付けなかったので……あのまま放置する他なかったんですが……まさか人間様が盗みなんてするわけないですよねえ!? なんて低俗! 悪魔みたい!』
……パチクリとして西條くんと顔を見合わせる。なんだこの悪魔。
言動が適当すぎる。
とはいえ、なるほど。聖水、僕たちの敵である悪魔にとっては致命的なものであるはずなのに、一切手が付けられてないどころか邪魔も入ってこなかったあたり、本当に置いておくことしか出来なかったのだろう。
妙に合点がいきながらも、でも悪魔ってどいつもこいつもお喋りなのかとジト目になる。
というか東雲さんを返してほしい。話はそれからだクソ野郎。
いや聖水も返さないけど。さっさと渡せ。気安く触んな。
「これでも強いから気をつけろ」
僕がイライラを募らせているとぼそりと西條くんに耳打ちされた。
先日、西條くんが城に潜入した際は謁見の間に第二王子、そしてニバスの両名がいた。うわ言の激しい第二王子から聖水の在処をたまたま聞き、第二王子とは違ってより悪魔らしい悪魔であるニバスが西條くんを見つけて攻撃してきたのだそうだ。
だからか西條くんは敵愾心が強い。冷静に見えるが、彼も彼で稀に見るガチギレだ。この前喧嘩のようになって初めて痛感したけれど、彼のこの状態はめちゃくちゃ怖いです。いやもっと非にならない。
隣に立つ西條くんに若干思い出したくない喧嘩別れを思い出しながら、僕は中庭。至るところに魑魅魍魎としている魔物にも気を配りながら。
ニバスは西條くんを見ている。
『おやおやおやおやァ。これはまたこれはまた。いつぞや、ぺしゃんこに潰してあげた虫けらがいるじゃあないですかッ』
嫌味ったらしくそう言うものだから、僕自身も少しイラッとしつつ、西條くんのことを気掛かりにする。
これは、確かに西條くんがあんなに荒れるわけだ……。
『気味が悪い方ですねえ』
お前だろ。
「お前がな」
だよね。
……心のなかだけでハモってしまった。
僕は真剣さを取り戻すように頭を振るって、もう一度水鉄砲を構え直す。
「とにかく東雲さんを返せ!」
『おっとぉ、なんですかその銃器みたいなかわいいオモチャ。とても腹立たしい色してますねえ、ちょっとこちらに向けないでくださ――ブッ』
「ちょっ」
「どうせ交渉出来ねえだろ」
顔面に一射が放たれた。クリーンヒットだ。
いや確かに僕もそうは思うけどそれにしても何も準備が出来ていない! 浮遊する相手、東雲さんを抱き抱えていたニバスの顔面に聖水が当たると苦しそうに暴れ出し、結果として東雲さんが落下する―――――。
僕は咄嗟の判断で、魔物が蠢くなかだというのにその渦中へと走り出していた。
「あっっっっっぶなぁぁぁあああ!」
スライディングキャッチだ。すんでのところで地面と東雲さんの間に滑り込んで、小柄な彼女の体を掬うと僕の体をクッションにして受け止める!
バウワウとして吠えかかってくる魔物は、水風船を投げたり水鉄砲で射撃する西條くんによって沈静化が図られながら。
『――――!』
声にならない悲鳴を上げて、自身は滞空を続けながらものたうち回るようなピエロを見る。
光は纏っている。が、決定打にはなっていない。
「ふっ!」
しかし西條くんも攻撃の手を緩めない。大きく振りかぶって投げた水風船はまっすぐニバスのもとへと飛んでいくが、右手をぐっと差し出したニバスの謎の力によって急停止し、振り払うような手の動きに伴ってあらぬ方向へかっ飛んでしまう。
落下地点にいた数体の魔物はとばっちりのように光に包まれる。
『痛い……痛いですよぉ使徒ォオオ! 二十年前の奴らとはさすがに違う、魔力がないのか束縛も叶わないとは……忌々しい。忌々しいぞ神ィ……』
……束縛? 僕らの体にいま何らかの制限を掛けられているような様子はない。
……………何か、しようとしていたのか。
「西條くん!」
「チッ――」
ニバスは恨めしそうな言葉を吐きながらその羽根を大きく広げ、西條くんのほうへ突進するように向かって行った。
未だ意識のない東雲さんを抱き抱える僕は、魔物の包囲網に迎撃するのに必死で。
『くははははははは!』
「ふざけんなよ――ッ」
木刀を構えての防御に、ニバスは高笑いしながら西條くんにタックルする。その勢いや凄まじく、西條くんは踏み止まることが出来ないまま連れて行かれると城の壁に叩き付けられてドゴォオン! という衝撃と共に瓦礫の向こう側へと消える。
「西條くん!」
僕は、呼びかけることしか出来ない。
片膝をついて東雲さんは抱えたまま。背中から下ろしたリュックには残りの玉数が心許ない水風船の山があり、空いた手には水鉄砲を持ち、周囲こそ光で包まれている無力化した魔物たちがいるけれど、この場を動くことも出来ない。聖水の力によって温厚な動物に戻れば、その子たちを別の魔物が襲い掛かろうとしてしまうし、僕は次第に守らないといけないものが多くなってくる。カバー出来ない。ジリ貧な状況に、打開策がない。
『くふぅふ、ふ、は、ハァ……神のいない使徒が悪魔に敵う道理などありません。ああ、些か浄化の痛みに吐き気を覚えている今日この頃ですがァ、まあ、全員殺してあげますから』
もくもくとした土煙のなかから姿を表しながらニバスが饒舌に語る。
その背後から、フッと姿を表した西條くんが側頭部を殴り付けるように木刀を振る。
バキィ、とけたたましいような木材の破裂音が響いて、僕は思わず目が丸くなる。
ニバスは怯みさえもしてない。
振り返り、西條くんの首をグッと握ったニバスが彼の体を持ち上げると再び壁のほうへ投げつけた。数メートルもかっ飛んだ西條くんは傷だらけでもうボロボロで死にかけ。壁に背を打ち付け、崩れ込む西條くんは痛々しく、僕はニバスの注意を引くために水鉄砲を打った。
が、その全てが羽根によって弾かれる。本体じゃないから浄化の光があまり効かない。
ニバスは、僕に構うことはなくダウンしている西條くんのもとへと歩き出していた。
広げた右手、徐々に形作られるのは黒い長剣で、その魔法の姿に僕は驚いてしまいながら、なんとか、どうにかして注意を引きたくて。
でも――。
「タイガ!」
戦場。聞こえるはずのない声が聞こえた。
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