Chapter.40 見つかる

『みぃ〜つけガッ!?』


 飛び切り大きな悲鳴を上げて、フッとして空中に現れたお尻が悪魔の頭上に落ちてくる。


 ドスンっと重たく踏み潰して、どこか見覚えのあるような光景に神様とそして落ちてきた少女の姿を何度も繰り返し見た。


「玲奈ちゃん!?」


 凶悪なヒップドロップだった。

 クゥリと二人、並んで目をパチクリとさせる。


「あいたたた……あっ、東雲! あたしやったよ!」

「それより下! 下!」

「えっ? わ、きっっも! なにこいつ! 南田ァ!?」

「ちがっ……」


 状況に追いつけておらず、足元で轢かれたカエルのようなポーズを取る悪魔に気付いた北斗がなかなか失礼な言葉と共に飛び退くように距離を取る。すぐそばに寄せると、みんなで固まって悪魔を警戒した。


 さすがに気絶はしていないらしい。呻きながらも起き上がろうとする悪魔が、バサリと狭いこの室内で羽根を広げる。


「あー! こいつ郊外で見たやつだ!」

『グフ……これは一本取られました……』


 クラクラと目眩は感じているようだ。頭を抱えながら、立ち上がったのは中背の男。道化のような衣服を纏い、道化のようなメイクを施し、道化のような態度を取る、気味が悪くて気色が悪くて気持ちが悪い悪魔の姿。


「……もしかして、逃げそびれてない?」

「逃げそびれちゃったかも……」


 病室、扉のところに立ち塞がれて、四人と一匹。神様を後ろ手に隠し、トルハの寝台も纏めて壁際に寄せて、最大限悪魔との距離は確保したが……逃げ場がない。

 悪魔はすっと右手を差し向けた。


『ああ、ですが大丈夫です。ハイ。首は捻挫している気もしますが……はい捕まえた』

「えっ」

「みゆゆ!」


 ――と。東雲がぐいと見えない力に引き寄せられる。気付けば悪魔の手元まで寄せられ、腕を鷲掴みにされて痛みに呻く。

 爪が食い込む。


『聖水が狙われて時間がないので……あのクソ王子じゃ何も出来ないでしょうし……なんで契約を結んでしまったのでしょう。私の愚か。バカバカバカバカ。すかぽんたん』

「きも……」

『容赦ないですねゾクゾクします。他にも、何匹か虫けらはいるみたいですが……まあ、怨敵の、神、とやらはいないみたいですし、人質は一人で十分でしょう』


 トン、とした手刀が東雲の首に落とされた。


「あうっ……」

「みゆゆを返しなさいよ!」

『それでは使徒の皆々様。まだ我らの時代は終わりませぬぞ』


 アハハハハハッ! と高笑いをして。その場で羽根を丸めた悪魔は、旋風を巻き起こしながら部屋を飛び出し、廊下を抜けて、王都内部への出入り口から飛翔するように上空まで飛び上がる。


 向かう先はただ一つ。時刻は十一分の話だ。


     ☆


「みゆゆがヤバい……」


 北斗が口にする。地下シェルターに取り残されて、どうすればいいのか分からなくて。

 急いで南田たちと合流する方が賢いだろうが、魔物も元の持ち場に戻ってしまっているだろう。結局図書館に籠城することは叶わず、呆気なく突破されてしまった。


『我輩を聖水のもとへ連れて行け』


 ――神様は、そんなことを言う。


「っ……」


 爪を噛む。難しい話だ。北斗にはいま体力がない。そして同時に、潜入する術もない。

 クゥリとトルハを残していくことも出来ず、だからといってみんなで移動するのは無理な話だと分かっている。


 神様単体を城の外から内部に向けてぶん投げていいのならそれはそれでいいけれど、と先ほど、セクハラ紛いの雑な転移をさせられた恨みの念はあるが……。


「クゥリが、やるよ。クゥリなら、出来る」


 スッとその細腕で、神様を両手に抱えた少年・クゥリが、そんなことを口にする。


「それは……」


 ……お願いするのは難しい。この場にいるのが誰だって、きっと思い悩むはずだ。


 北斗は自分が東雲である場合を考える。東雲美幸という人間は、きっと無理をし過ぎてしまう優しさを持つ人だから、例え自分の首を絞めてでも自分で行くことを選ぶだろう。


 西條大河である場合。そもそも、彼であれば体力が尽きるなんてこともないのかもしれない。もしもこの場にいてくれたら、きっといつものように涼しい顔をして自分一人で解決してしまうだろう。


 北斗玲奈としての本音は、お願いしてもいいじゃないかと甘えようとしてしまっている。けれど自分にはまだ残機があり、クゥリはそれさえないひ弱な少年でもあることも知っているからこそ、お願いすることなんか出来ないという理性がきちんと働いていて、動けずにいる。


 ならば。


 一番合理的な思考をしている、南田優斗という男の場合。例えば体力にも余力がなく、急ぐ必要もあるなかで、トルハを守る役割もあり、神様を届ける役割もあり、純粋な、成功率でこの場の最適解を求めてみた場合。


 南田はきっと、こう言うだろう。


「……頼っても、いい?」


 しゃがみ、力なく。目線の高さを並べた上で、伺うように北斗はそう言う。

 クゥリは一度瞑目して、そのくりくりとした愛らしい金色の目で、しっかりと北斗のことを見つめ返してくれながら。


「うん、うん、クゥリは、なんでも、出来るからね。にひ」


 ぽんぽんと。まるでいままでみんなにされてきたように、北斗の頭に手を乗せるクゥリが、北斗に対して優しく笑いかける。

 恩を返そうという気でいるのかもしれない。そう受け取れてしまうような、優しげな笑みを浮かべてそういうクゥリに、北斗は堪らず抱き締めてしまう。


「……たぶん、城門は魔物が戻ってると思う。大河が入ったっていう、壁に人が入れるくらいの穴が空いてあるはずだから、そこから入って――」


 東雲ほど上手く説明出来るわけじゃない。王城解剖図の見方もよく分からない。

 けれど一緒に行ってあげられない分、作戦内容を思い出しながら、少しでもクゥリが南田たちのもとに辿り着けるように、北斗は全てを叩き込む。


「この女の子はあたしが死んでも守るから。そっちもお願い、師匠」

「うん、うん、レナ。心配しないで。大丈夫だよ」

「……うん!」


 笑い合って、グータッチをする。

 この決断を、後悔しないで済むように。どうしても漠然とした不安を隠せずにいながら、北斗はただ送り出すことしか出来ない。


 神様を抱えたクゥリが、お城へと向かっていくのを見届けた。

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