Chapter.37 作戦開始

 十分後。


「ね、ねえ、ほんとにやる気ぃ……?」


 モジモジと。クゥリが身に纏っていたような大きな布で身を包んで隠しながら、まるで水泳授業の時に恥ずかしむ女子といった様子でどこかしおらしい北斗さんがいる。


「〜〜〜っ、もう、露出狂みたいでヤダぁ……」


 神様この場にいなくて良かったな。一番変態くさいもの。

 気まずく、僕と西條くんは顔を背けて横に並んだ。不服そうな北斗さんがとぼとぼと染料の入った桶を抱えて屋敷から外に出ていくのを見送る。


「アイツも災難だな」

「何気に一番頑張ってくれてると思う」


 MVPは間違いなく北斗さんだ。陽気なのも、責任感があるのも、協調性を持っていてくれるのも。言葉にはなかなか出来ない分、心のなかでいつも感謝している。

 ざぱーん、と、屋敷の庭で、頭から染料を被ったらしい音がした。

 一拍置いて、僕らも駆けつけるように向かう。


「こわっ」

「南田アンタ絶対あとで覚えてなさいよ」


 血濡れの女かと思った。思った以上に真っ赤すぎてびっくりする。犯行現場みたい。キャミソールらしい下着姿の彼女は、一周回って恥ずかしくなくなったのか堂々とした態度になった。


「始めるわよ!」


 スマホを握り締めているのは恐らく図書室制圧作戦の時のようにお得意のJ‐POPソングで注意を引く算段なのだろう。もはや迷いは振り切ったのか、先導してくれる北斗さんに、置いていかれないよう僕らも続く。

 本当に逞しいな。一番この旅に成長してるんじゃないか。


「頑張ろう」


 頷き合う。これから行うのは、王城攻略作戦のステップワン。

 ――城門突破だ。


     ☆


 城門の前にずらりと蠢くのは何十体もの禍々しい魔物。正門の門番のように、純粋な動物からツノなどの一要素をプラスしただけの異形かあるいは進化のような個体がいれば、全く見たこともないような気味の悪いクリーチャーまで全然いる。


 遠目で見守る僕らでさえ生唾を呑んで恐れるなか、城門の前に立った彼女は――しかし勇ましいことに、スマホを手にして大きく掲げた。


 そして、こちらとタイミングを合わせるようにちらりと一瞥する北斗さんに対して、僕はゴーサインの親指を立てる。

 彼女は深呼吸をする。


 目立つような、道路の中央に立った全身真っ赤な女の子だ。既に何体かの魔物は目をつけており、警戒するように北斗さんを睨んでは唸りを上げている。


 時間がない。そうしてすぐに、大音量の音楽が流れた。


「……ミーハーだなアイツ」

「選曲が謎」


 若干バラード気味でドラマチックな、悲しい系の曲を選んでいるのは何故だ。劇場公開中のドラマ映画の主題歌だけども。


 ――それでも、注意を引けるには違いはない。

 北斗さんが踵を返し、クラウチングスタートのテイを取る。


 ドドドドドーッ!っと魔物の大洪水が真っ赤な女の子ただ一人を目掛けて大量に押し寄せるなか、軽く地響きも感じる。

 僕らはそれを一旦やり過ごすため屋敷の庭の草木に隠れ、北斗さんはダッシュ。


 隙間から様子を伺いつつ、自慢の健脚でドンドン遠くへと大音量の楽曲を流しながら逃げる北斗さんに、作戦通り魔物の多くは引っ張られていく。


 ――チャンスはいまのうちだ。屋敷の敷地から飛び出し、城壁に沿うようにして慎重に伺いながら門を超える。


 北斗さんはこのあと図書館に行って、立て籠ってもらう手筈だ。東雲さんが、シェルターに戻る途中に立ち寄って置いてきてくれたはずのタオルや着替え、それから籠城に必要な軽い備蓄などを入手し、ひとまず北斗さんの仕事はこれで終わりということになる。


 後ろを一度振り返ったけど、彼女の姿は見えなかった。魔物の軍勢が多すぎてだ。


 どうか、彼女が無事に逃げ延びることを祈って僕らは城へ入っていく――……。

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