Chapter.36 血濡れの女(偽)
時刻は午前九時だ。
スマホのバッテリーも問題なし。西條くんのスマホはだいぶ前から電源が入らないようなんだけど、西條くんと僕は一緒に行動する予定なので共有し合えば問題ない。
重たいリュックをどさりと置く。同時に、吊るして持ってきていた巾着ほどの麻袋を、慎重に、丁寧に床に置いた。こちらの扱いは厳重注意だ。
西條くんの装備は木刀一本。空の水筒が一、郊外で汲んできた水入りの水筒も一。北斗さんは僕と同じく、背負うリュックのなかにゴロゴロと果物を詰めている。
東雲さんは北斗さんの着替えと、僕らのとっておき。秘密兵器を持ってきていた。
「種だけ気をつけて」
準備は単純なものだった。今回、大量に持ってきた果物は食料としてではなく、別の用途として使う。バナナのような皮を剥き、柑橘系のような房をむしって親指を入れて種を取り出す。実の方は桶の中に放り投げ、麻袋の中に種を入れる。
この作業を一通りやったあと、桶のなかに水筒の水を入れて適当な棒ですり潰した。
……うん。いい感じだ。前々から、色の残りやす果物だとは思っていたけれど、こういう使い方をしてみて改めて認識する。これは立派な染料だ。
「やぁば……」
「赤いね……」
水分量を調節しながら、桶一杯になった染料。
人差し指を漬けてみると、短い時間なのにも関わらずほんのりと色がつく仕上がりとなった。
これなら間違いなく、あの魔物の軍勢を一心に惹きつけることが出来るだろう。
若干引き攣ったような笑みで「マジ……正気なの……?」とボヤく北斗さんに、聞こえないふりを僕は決め込んだ。
「それじゃあよろしく、北斗さん」
「うううー……分かったわよ」
「あ、服は脱いだ方がいいかも。コレ、色が落ちないんじゃないかな」
「はっ、はあ!?」
キッとした目が向いてくる。心なしか東雲さんもどこか失望したような目をしてない?
そんなおかしいこと言いました僕⁉︎
女子の目が痛い。そして西條くんもジト目で僕を見ている気がする。
いやだってちゃんと話したじゃん! 赤色になってもらうよって言ったじゃん!
そしたら衣服絶対汚れちゃうから結果的にそうなると思うじゃん!
「変態」
おいおい。変態言うな。ボソッと言うな。泣くよ? 拗ねるよ?
ひどい扱いだ。悲しくなる。
分かりやすく僕がショックを受けていると、やっぱり面白がっていたらしい三人は切り替えるように次へと進む。打たれ弱い僕はまだじんわりとダメージを受けていると、北斗さんがパシーンと背中を叩いてくれるので、渋々と僕も次に移りながら。
「袋はどうする? 全部北斗に持たせるか?」
「う、うん。それでいいと思う」
麻袋の中身は果物の種。事前に持ってきた分もあり、合計三袋に分けられている。
ちょっとの衝撃で致死性の毒ガスを噴出する種を詰めた袋で、例えばこれを魔物に投げてもいいし、逃走ルート上に置いておき、踏んで切り抜ければそのあと追いかけてくる魔物が通る時には毒ガスで近寄れない。
わりと危ない兵器なんだけど、だからこそ一番危険な仕事をこれからする北斗さんに託すのが適切であろうと判断した。
「西條くんはそれで平気?」
「どうせ使えないだろうしな。俺は必要ない」
「いや、せっかくなら城の入り口に一つ置いときなよ。魔物引き連れられないかも知れないし」
「あー。確かに……」
「そっちが本題だしさ? それで一個はあたしも持っといて、みゆゆごめん! 図書館にあたしの服持ってってくれるんでしょ? いい感じのところに一つ置いといてもらえるかな」
北斗さんは、冷静なようだ。言う通りに一袋を受け取る。
それとは別に、東雲さんに対して、また大雑把なお願いだなと苦笑しながら見守っていれば。
「いい感じのところ……う、うん。任せて。分かりやすいところに置いておくよ」
「ありがと! お願い」
戸惑うような東雲さんが、だけどキリッとした力強い目で北斗さんを見つめ返して頷くのを見て、改めてみんなのやる気を自覚した。
僕だって、いつまでもふざけるつもりはない。
「……それじゃあ、あとは北斗さんに準備してもらって、東雲さんは先に移動。僕と西條くんは城のなかに侵入するため構えておく。これで問題ないかな?」
最終確認。異論はなし。
「覗かないでよね!」なんて、最後まで騒がしく部屋を移動して着替えを始める北斗さんに、僕らは肩をすくめて待った。
時刻は九時四十五分。作戦決行は十時になるだろう。
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