Chapter.11 魔物とは
悲しいことに、西條くんの予想は的中したらしい。
「残機が一つ減ってるんですけど……」
翌朝。目の前に惨状があった。
テントがぐちゃぐちゃに荒らされている。
『魔物がな……』
爽快な朝などどこにもなかった。神様は、後ろめたそうにそう口にする。
いやいや、魔物? まさか、昨日の夜に?
思わずみんなで視線を交差させる。誰も気付いていた人はいないらしい。
野生動物みたいなのに襲われたとすれば、少なくとも物音だったりはするはずなのに、誰も起きてはいなかった?
そんな熟睡していたわけはないと思うんだけど……。
『我輩が敢えて死亡時の記憶だけ抜いている。そして日が登ったいま蘇生を行使したのだ』
……どうやら神様のおかげらしい。そんな器用なことが出来ることに驚きつつも、記憶だったり脳内に関して触れられていることにちょっとした不気味さも感じてしまいつつ。
いや、苦しみや痛みを残さない配慮は、すごくありがたいんだけどね。
「………」
西條くんが真っ先に、焚き火跡の手前、横倒しにされている三脚がついたままのカメラを回収した。
「チェックしとけ」
ぽいと投げ渡されて、僕はドキドキしながらも言われた通りにする。
その間に、西條くんは一人で崩れたテントのなかのほうに入っていった。
東雲さんが手伝いについて行こうとしたけれど、西條くんが「入ってくんな」と牽制する。
「いったい何が起きたんだ……」
高性能カメラ。暗視に、六時間までの連続撮影が可能だった。
きちんとその役割を果たしてくれたらしい。
……気になることはある。少なくとも神様が、朝になってから僕らを起こしてくれたということは、きっと魔物がいなくなるまで僕らを保護してくれていたってことだろうから……せめて、何が起きたのかだけは確認しよう。
再生を押し、件が起きたタイミングまで早送りで飛ばしていく。
画面に大きな変化が訪れたのは深夜三時頃だった。
「画角が悪いな……」
僕のせいだ。もう少しちゃんと設置しておけばよかった。
何もないはずの深夜の景色。風が強かったらしく、音は若干割れている。
そこに突如がさりと大きな音が一つ立ち、カメラがブレる。黒い影が映像の中に映り込んだ。
その全容まではよく見えない。
「東雲これ。お前のヘアピンだろ」
「あ……」
ぽいぽいとテントの中から僕らの荷物を取り出してくれていた西條くんが、ふと東雲さんをそう呼んだ。
西條くんが見せる手のひらに、割れたヘアピンが転がっている。
それはいつも東雲さんが左前髪を留めるために使っているものだ。お気に入りらしい赤いヘアピン。
寝る時には外していたみたいだけど、それが――なぜだろう。
小さな、ただ転がるだけで済みそうなものなのに、狙って壊されたように見えるのは。
……動画に映る影は大きかった。ガサッと大きな音を立てて、カメラが倒れる。結果的に先ほどよりテントの様子が見えやすくなり、大型犬ほどのサイズはある野生動物のように思えた。
シルエットも明瞭としないけど、時折光った目が映る。風で音割れするカメラのマイクが、ゥゥゥといった唸り声を拾う。
野生動物に違いはないが、野犬という言葉が思い浮かんだ。
同時に、これが魔物で、絶対危険な生き物だ、ということも理解する。
「ひでえな」
本当はテントもしっかりと回収して、これからも使って行きたかったけれど。
「……早いとこ、移動した方が良さそうだ」
野宿するようではダメだ。
早く王都に辿り着き、安全な場所を見つけたい。
残機は二。僕だけ一。
思った以上に、余裕がない。
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