第22話 生徒会長の柊澤先輩

 

 僕と黒木くろきさんに声をかけてきたのは、この学校に通う者なら誰もが知る人物だった。


「生徒会長がどうしてここに……」


 才色兼備で成績も優秀。まさに完璧超人ともいえる我が校の生徒会長、柊澤ひいらぎさわ沙良さら先輩。

 黒木さんもこの学校では、主に僕らが所属する二学年の中ではかなりの有名人だ。

 しかし、柊澤先輩は教師陣含め学校全体の有名人。それに人当たりもよく男女問わず人気がある。

 彼女にお近づきになろうという男子生徒は大多数だと聞く。ただ、本人は今のところ誰とも付き合う気はないと言っているみたいで撃沈した者は数知れず。

 ……ほとんど新太あらたからの情報だけど。


「それはこちらのセリフです。もうとっくに下校時間ですよ」

「えっ」


 柊澤先輩の言葉に僕は自分のスマホの画面を開く。

 そこに表示された時刻は18時を過ぎていた。

 うちの高校の完全下校時刻は18時ちょうど。職員室に寄り道をしていたせいで僅かに間に合わなかったらしい。

 そもそも実行委員会が長びいたせいでもあるわけで。それに、過ぎているとは言ってもほんの誤差の範囲内だと僕は思う。

 だが、生徒会長直々に注意されては無下にするわけにもいかない。


「あの」

「先輩、……すみません」


 隣にいた黒木さんが一歩前に出て僕よりも先に謝罪を述べる。


「あなたは……。黒木さん、でしたか?」

「はい……。よくご存知ですね。どこかで……お会いしましたか?」


 意外にも柊澤先輩は黒木さんの事を認知しているようだ。


「いいえ、顔を合わせるのはこれが初めてです」

「それなら……、どうして?」

「あなたの噂はよく耳にするので。それに二学年教諭の。高森たかもり先生と従姉妹だとか」


 前に高森先生が黒木さんと従姉妹同士というのは隠してはいないと言っていた。どうやらそれは、先輩の耳にも入っていたらしい。


「……それにしても」

「ん?」


 柊澤先輩は黒木さんの顔をじっと見つめた後、僕の方を見て小さな笑みを浮かべた。


「私と、かなめくんが……なにか?」


 先輩の視線の動きに黒木さんも気づいたようだ。


「いえ、噂ではあまりお話にならない人だと聞いていたので」

「……それ、今関係ありますか?」

「これは失礼しました。気を悪くさせたのなら謝ります。申し訳ありません」


 な、なんだろうこの入りにくい雰囲気。

 それに、二人とも初対面みたいだけど空気が重い。

 僕も話しに参加して弁明したいのにな。いや、少し強引にでも入るべきだろう。


「あ、あの!」


 僕は咄嗟にこのままではまずいと思い、二人の間に覚悟を決めて割って入る。


「要真吾しんごくん……。何でしょうか?」

「……⁉︎」


 僕の行動に柊澤先輩は訝しげな顔をした。

 反対に黒木さんは驚いた表情を見せたものの、何故か僕の方ではなく先輩の方を見たままだ。

 まるで、先輩の方に驚いたようにも見える。


「今私は黒木さんとお話をしているのですが」

「柊澤先輩すみません。でも聞いてほしい事がありまして」

「……分かりました。いいですよ」

「…………」


 僕と先輩の会話を聞いて、黒木さんが何か言いたそうにしていたが僕は言葉を続けた。


「実は僕たち文化祭の実行委員なんです。さっきまで集まりがあったんですけどその後職員室に寄っていたらこんな時間になってしまって」


 僕は出来るだけ簡潔に下校時間が遅れた事を説明する。

 元々はそれが原因でこの状況になったのだから、それさえ解決してしまえば問題ないはずだ。

 これで先輩の意識がそちらへ向いてくれればいいのだが。


「実行委員ですか。なるほど、だからこんな時間まで残っていたと……」

「は、はい」


 ふぅ、良かった。なんとか話しを落ち着いた方へ促す事ができたぞ。

 それにしても、生徒会長としてのオーラというか雰囲気がこうして前に立つとよりすごく感じる。


「生徒会長こそ……、こんな時間まで何をしていたんですか?」

「く、黒木さん!」


明らかに普段よりも口数の多い黒木さんに戸惑う。

話しがまとまりつつあったような気がしていたのも束の間。黒木さんの言葉に、柊澤先輩の意識がまた彼女へ向いたのが分かった。


「私ですか?」

「はい……。実行委員会には顔を出しませんし、会長だって、下校時間過ぎているんじゃ……ないですか?」


 珍しいな、黒木さんがこんなに食い下がるような事を言うなんて。しかも相手はあの柊澤先輩だ。強気にも程がある。


「それに、その格好……」


 黒木さんはジッと生徒会長の上から下を見る。

 ……僕もそれは気になっていた。

 柊澤先輩が着用していたのは制服ではなく。


「このジャージですか?」


 少しばかり土で汚れた学校指定のジャージを着用していたのだ。


「そういえば、どうして花壇の作業を?」

「校長先生から生徒会に頼まれたんです。校庭の花壇がこの前の悪天候で荒れたから復旧して欲しいと」

「で、でもどうして会長である先輩が? 他の生徒会の人たちはやらないんですか?」


 僕も話しに合わせ質問をする。

 この二人、会うのが初めてのわりに話してる時の空気感が凄まじいんだよなぁ。

 学校内でトップレベルに有名な二人が揃うと、無意識のうちにこんな空気になってしまうのだろうか。


「みんなには学園祭の事をお願いしているので、私がそれ以外の仕事をしているんです」

「つまりは雑用係って事ですよね……」


 確かに黒木さんの言う通りだけど、普通は逆なんじゃないだろうか。

 けれど、先輩の中にはしっかりとした答えがあったようでそれが返ってくる。


「私はそろそろ引退です。なので、今後の生徒会の事を彼らに一任する代わりに、私がこういう細かい仕事を引き受けているのです」


 思いのほか、僕が先ほど黒木さんに話した会長が実行委員会の話し合いに参加しない理由は当たっていたようだ。

 違ったのは、このように並行して行う小さな仕事を先輩一人が引き受けているという事だけ。


「それと、黒木さんは最終下校時間と言いましたけど、私たち三年生は受験がある為に、他の学年よりも遅くまで残れると言う事を忘れていませんか?」

『あ……』


 それは僕も完全に見落としていた。

 確か三年生は受験勉強で図書室や空き教室で自主勉強の時間を得るために学校側から特例として最終下校時間が変わるのだ。たしか、最大一時間までは残ってもいいという許可が降りているはず。

 つまり、柊澤先輩にとっての最終下校時刻は19時なのである。


「というわけですのでら私が残っているのは別に構わないのですよ。だからこそ、この仕事も受けているわけですしね」

「…………」


 それを最後に黒木さんは黙り込む。対して先輩は涼しい顔をしていた。

 ここまで納得のいく答えを聞かされると、どうしても僕たちが遅くまで残っていた理由は弱く感じてしまう。

 黒木さんもそれは実感しているようだ。


「まぁ、でも」

「?」


 その様子を見てなのか、先輩はもう一度口を開く。


「私はとっくに推薦で進学先は決まっているので、本当なら仕事だからといって遅くまで残るのはルール違反な気もします」

「そう、なんですか?」

「だから、今日はお互い様という事で帰りましょう。私も着替えたらすぐに帰ろうと思っていたので」


 先輩は、僕と黒木さんの間を抜けて校舎へと戻っていく。


「それでは行きますね。要くんに黒木さん、さようなら」

「あ、はい」

「…………」


 僕と黒木さんは先輩の背中を見送った。


「帰ろうか」

「……うん」


 先輩が見えなくなり、黒木さんに声をかけると彼女は小さく頷く。そんな彼女の表情は少しだけムスッとしているように見えた。

 それにしても、二人のさっきまでの空気感は何だったんだろうか。

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