第50話 世話を焼いてもいいのかな


「余計なお世話……だよな」


 僕はスマホと睨めっこしながら頭をガシガシとかいた。


 今日一日学校にいる間、ずっと黒木さんの事を考えていた。気がつけばすでに放課後、それだけ僕にとって先日の黒木さんから打ち明けられた事は大きかった。


 彼女の本音を聞いてから何か助けになれないか、解決策はないかと考えていたのだ。

 そして、その方法をひとつ思いついたのだが迷いがあった。

 僕の自分勝手で黒木さんをまた傷つけてしまうのではないか。

 本当にこの方法でいいのか。

 僕は自分の見つけ出した方法に自信を持てずにいた。


「…………」


 どうするのが最善なんだろうか。

 今日は用事があると先に帰った黒木さんといたはずの教室に今は一人だけ。


 そろそろ僕も帰らないと。


 そう思い、立ち上がる。


「あれ、真吾しんご? まだ残ってたのか」


 帰ろうとした僕の背中に、呼びかける声があった。

 振り返らずとも分かる幼馴染の新太あらたの声だ。


「新太……。どうしてここに?」

「スマホ忘れちまったんだよ。……ん、あった」


 教室に入ってきた新太は自分の机の中からスマホを取り出した。


「部活なくて早く帰れるって思ったのに、結局戻ってきちまった」

「はは、それはドンマイだね」


 文化祭が近づいて、部活も朝練以外は準備期間中のためにお休みだ。

 和カフェの準備もほぼ完了しているうちのクラスは今日は早めの解散だったから、僕も今日は早く帰ってゆっくりする予定だった。

 気がついたらこんな時間だったけど……。


「あと三日後だな文化祭。真吾は実行委員やってみてどうだった」

「結構楽しかったよ。学べることも多かったし」

「黒木さんとも仲良さそうだしな」

「それ関係ある?」


 ニヤニヤとした顔を見せる新太に言う。


 確かに楽しくできている大きな要因は黒木さんで間違いないけど、誰かにそれを言われると小っ恥ずかしくなる。


「でも、全然女子と絡みのなかった真吾があの黒木さんとあそこまで仲良さそうにしているのは驚いた」

「それは僕もだよ……」


 黒木さんと初めて喋った日の夜。

 あの時から始まったんだよな。


 そんな僕を見て、新太はゆっくりと口を開く。


「お前さ、変わったよな」

「え?」


 突然そんな事を言われて、思わず聞き返してしまう。


「今まで誰かの前に立って行動を起こすなんて事なかっただろ?」

「それは実行委員だから強制的みたいなものだよ」

「そんな事ねーよ。もう一人の実行委員が黒木さんじゃなかったら、こんな風にはなってなかったと俺は思うんだよ」

「そんな事は」

「他のクラスの奴らともコミュニケーション取るようにしたり指示出したりさ。みんなお前の頑張りも認め始めてる」


 なんと、それは初耳だ。


「そ、そうかな」

「黒木さんのおかげかもな。お前が変われたのは」

「それは、そうかもしれない」


 そう言われると頑張った甲斐があると思えるのと同時に、どこかむず痒さを感じる。

 僕の頭の片隅に、笑っている姿の黒木さんがはっきりと見えた。


「お前さ、実はもう黒木さんと付き合ってたりするのか?」

「な、なんでそんな話しになるんだよ!」


 いきなりの質問に危うくずっこけそうになる。

 ついこの前もこんな感じの事あったような気がするな。


「黒木さんも準備中に他の女子と少しずつだけど、話すようになった。……相変わらず話す男子はお前とだけだけど」


 僕が準備中の学校を離れて和服を取りに行っていた時、代理を務めてくれていたのは新太だった。しかし、ほとんど黒木さんと会話をしなかったと聞いている。


「黒木さんが変わり始めてるのはお前のおかげなんじゃないか?」

「だからってなんで付き合ってるって話しになるんだよ……」

「違うのか?」

「付き合ってはないよ。……仲は良いと思うけど」


 文化祭に向けて調査という名目でデートをしたが、黒木さんと僕は付き合ってはいない。

 それを正直に新太へと伝える。


「文化祭の準備の時はよく一緒にいるし、黒木さん何度も真吾の事見つめてたりしたから俺はてっきり」


 ……そう、なんだ。

 僕も黒木さんの事を目で追いかけるようになったけど、黒木さんも僕の事を見てくれていたのか。


「それに、登下校だって最近一緒だろ? 俺の入る余地がないくらいに」

「そんな風に思ってたのか」

「冗談だよ。お前にもし彼女ができたら普通に嬉しい事だからな」


 よくそんな事を恥ずかしがらずに言えるな。

 いくら幼馴染といってもそんな風に直接言ってくれる人はなかなかいないと思う。


「新太こそ、彼女とか作らないの? 文化祭はそういうチャンスだって聞いたけど。中学の頃とかもモテてたじゃん」

「まぁ、俺はいいんだよ。本気になれる相手がまだいないから」


 その言い草だと、僕が黒木さんに本気だと言っているようにも聞こえるが。それは言わないでおこう。


「とにかく、お前ら二人はなるべくして友達になったんだと俺は思ってるよ。文化祭実行委員の仕事ぶりを見て確信した!」

「そうだと、いいけど」

「きっとそうだ。真吾はいい奴だからな」


 新太はよく見ているな。

 最近は文化祭の準備で忙しくて話す機会があまりなかったけど、その分僕たちの事を見てくれていたみたいだ。


「それで、そんな黒木さんと何かあったのか?」

「!」


 新太は真剣な顔つきで僕の目を見つめてくる。


「ど、どうして?」


 何気ない会話のつもりだったのに予想外の質問をされてびっくりしてしまった。


「だってさ、今日お前ずっとぼーっとしてたじゃん。黒木さんともあまり話してなかったし、喧嘩でもしたのかと思って」


 ……新太は僕がずっと考えていた事に気づいていたみたいだ。

 文化祭の本番まであと少しだというのに、僕は何をやっているんだ。


「なあ、真吾。もし俺に力になれる事があれば遠慮なく言えよ」


 そう笑って言ってくれる新太に僕はつい、昨日の事を話してしまいそうになる。

 しかし、それをグッと堪える。


 昨日の事は誰にも話してはいけない。

 黒木さんが自分で言うのなら別だけど、僕が勝手に話すのは駄目だ。


 でも、僕一人だけで解決できないのも確かなのだ。


「新太」

「ん?」

「頼みが、あるんだけど」

「おう! どんと来い!」


 そう胸を張って言い切る幼馴染に僕は助け舟を求めた。


「詳しくは話せないんだけど……いいかな?」

「構わねーよ。俺だってお前に何度も助けられてるんだ。たまにはお前の悩みも背負わせろよ」


 僕と新太は幼馴染で昔から一緒だった。

 新太がいう助けになれた事があるのか自覚はないけれど、そう言ってくれるのなら頼らせてもらおう。


「新太……ありがとう」

「おう! 真吾も頑張れよ」


 そう励まされ、新太にひとつのお願いをした。


 本当に我儘で身勝手なお願いだったのに、新太は笑って何も文句を言わずに引き受けてくれた。

 本当に感謝しかない。


 そして、二人で帰ろうと再び教室を後にしようとしたところで新太が言った。


「真吾、俺もひとつ聞いていいか」

「ん、いいよ」

「真吾は黒木さんの事好きなのか?」

「きゅ、急になんだよ!」

「今いいって言ったろ。正直に教えろよ」


 新太は僕に肩を組んできて「誰にも言わねーから」と、耳打ちまでしてきた。


「それ、どういう意味で?」

「分かってるだろ、一人の女の子としてどう思ってるかって事だよ」


 軽くお腹の辺りを小突かれて白状するように促される。

 新太は黙って僕のお願いを聞いてくれた。それなら、僕も相応のお返しないといけない。


 僕は溜息を吐いて、覚悟を決める。


「……好きだよ。僕は黒木さんの事が好きだ」


 僕は小さな声で、でも確かに新太へ聞こえるように呟いた。

 すると、新太は先程見せた意地悪そうな笑みを浮かべる。


「ははっ、そうか! んじゃ、そっちの方も頑張んないとな」

「いだっ!」


 そう言って僕の背中を強く叩く。

 痛かったけど、背中を押してくれたそんな気がした。

 彼なりの応援なのかもしれない。


 ありがとう、新太。


 僕の中にあった迷いを晴らせてくれたそんな親友に、僕は心の中でもう一度感謝の気持ちを込めて、お礼を言った。

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