第51話 招待

 

 文化祭の前日、僕は高森先生の車に乗せてもらいある場所へと向かっていた。


「高森先生、ここまでで大丈夫です」

「何言ってるんだ。ちゃんと店まで送るぞ」

「先生はこのあと本当に職員会議あるんですから。それならこの辺りで降ろしてもらって大丈夫ですよ」

「本当にとかいうな。この前の事根に持ってるのか?」

「違いますよ。ここからは店まで一直線ですし、場所は覚えていますから」

「……わかった」


 そう言って、先生は近くのコンビニの駐車場へ車を停めてくれた。


「高森先生、ありがとうございました。本当無理言ってすみません」

「何を今更、でも本当にいいのか? 岬には黙ってて」


 先生は心配そうな顔をして、車の中から僕のことを見つめる。

 黒木さんは今頃学校で明日の文化祭に向けて頑張っている頃だろう。


「これは僕の勝手ですし。上手くいくかもわからない事で変に期待はさせたくないんです。それに、捉え方によっては黒木さんに嫌われてしまうかもしれない」

「……それでも、お前はやるんだな」

「はい、決めましたから。何もしないで後悔だけはしたくないんです」

「わかった。お前がそこまで言うなら止めはしないよ」


 先生はそう言うと、車のエンジンを再びかけた。


「本当に帰りは迎えに来なくていいんだな?」

「はい。これ以上迷惑はかけれませんし、母が車で迎えに来てくれるので」

「そうか。じゃあ要、頼んだぞ」


 そう言い残して車が発進する。


 頼んだぞ……か、先生に背中を押されてしまったな。

 本当に高森先生が担任でよかった。


 先生には黒木さんに聞かされた事を一切聞かせる事はなく、ただ今日この場所まで送って欲しいとだけ頭を下げて頼んでいた。


 一応、文化祭の準備期間である為、実行委員が長時間外出するには先生の協力も必要だったからな。

 それでも、先生は僕が告げた行き先を聞いて何かを察したようで快く引き受けてくれた。

 たぶん、僕の意図に気づいているんだろうな……。


 それは、幼馴染の新太も一緒だ。

 今頃は学校で僕の代理として文化祭前最後の実行委員会に顔を出してくれているはずだ。

 おそらく他の実行委員たちからはいい顔されないだろうな。こんな大事な時に本来の実行委員が姿を現さないなんて。


 でも、二人がこうして僕の我儘に付き合ってくれたからこそ、ここまで来ることが出来たのだ。


「よし、行くか」


 先生を見送った僕は、これから向かう方に視線を向けて足を進める。


 僕はこれから、数日前に訪れた和服屋さんへと行く。

 黒木さんのお母さん、美沙子さんが待つお店へ。


「御免ください」

「あら、要くんいらっしゃい。早かったのね」

「すみません冴島さん。営業中にわざわざ時間を作ってもらって」

「大丈夫よ。今日はお客さん少ないしお手伝いさんもいるから」


 店内に入ると美沙子さんが最初に出迎えてくれる。

 その後ろには若い女性の姿もあった。

 その人も僕にお辞儀をしてくれたので、僕も会釈をして答える。


「それじゃあ、少し外すけど。お願いね」

「はい、店長」


 そう言うと、美沙子さんがこの前案内してくれた奥の部屋の方へ進むので僕もそれに続いた。


「それで、話というのは何かしら要くん」


 椅子に座り、美沙子さんから今回の件について聞かれる。


 事前に高森先生から実行委員としてお話したい事がある事を伝えてもらい、美沙子さんからも承諾を得て時間を作ってもらえたのである。


 本当に仲介役を引き受けてくれた高森先生には感謝しかない。


「お時間を頂いているので、単刀直入に言わせてもらいます」


 僕は息を吸ってそれを簡潔に口にした。


「冴島さん、文化祭に来ては頂けないでしょうか」


 今日来た目的。

 僕は美沙子さんに文化祭へ足を運んでもらえないか。直接招待をしに来たのである。


「……それは、和服を貸し出した店の店主として何か手伝って欲しいということかしら。それとも、文化祭に関わったことへのお礼として?」

「いえ、違います」


 僕は一度目を瞑り、この前の黒木さんの顔を思い出す。


「黒木さん……。みさきさんのお母さんとして文化祭を見に来てはもらえないでしょうか」

「…………」


 それを聞いて美沙子さんは口を噤む。

 そして、一呼吸置いてから再び口を開いた。


「要くんはどこまで知っているのかしら」


 この間、黒木さんに聞かれた時と同じ感覚だ。

 顔が似ているからなのか、妙にデジャブ感を感じる。


「離婚のことは聞きました。黒木さんと別居中だと言うことも……」

「そう……。それで、どうして私に文化祭へ来てもらいたいの?」

「黒木さんに、会って頂けないでしょうか」


 僕は目の前の美沙子さんに深く頭を下げた。


「要くんは岬とはどういう関係なの?」

「友達です」

「そう。そこまで知っているのなら、岬とお付き合いでもしていると思ったのだけど違うのね」


 なんだろう。明らかにがっかりという顔をされた。


 そして再び目が合うと、妙なプレッシャーを感じる。

 実のお母様の無言の圧で押しつぶされそうだ。


 黒木さんとは今のところは付き合っていない。

 しかし、この気持ちを理解してからそういう事を言われてしまうと変に緊張してしまうな。


「じゃあ、私に来てもらいたいっていうのは、岬が望んだ事なの?」

「それは言えません」

「どうしてかしら」

「…………」


 黒木さんが会いたいと言っている。

 そう伝えれば一番早いが、僕から言っていい事じゃない。

 仮に伝えたとしても、俺から言って信用してもらえるかどうか……。


「……そう、なら深くは聞かないわ。でもね、要くん」


 美沙子さんが寂しそうな顔で言う。


「そもそも私は、あの子に会う資格はないの。あの子自身が私と会わないと言っている以上は私は会えないのよ。会っては……いけないのよ」

「…………」

「要くん、あなたがそこまでしてく会わせたいのかは分からないけれど。どうして私を招待しようとするのか聞いてもいいかしら」

「僕は文化祭の実行委員です。もう一人の実行委員である黒木さんの頑張りをお母さんである冴島さんに見て頂きたい。そう思うのは駄目でしょうか」

「……岬が、実行委員?」


 そこで先程まで難しい顔をしていた美沙子さんが初めて聞いたような素振りを見せる。


「えっ、もしかしてご存知なかったんですか?」

「え、ええ」

「今回和服を借りることを提案してくれたのは黒木さんなんですよ」

「そう……なの」


 今回の和服のレンタルの件。

 最初話を聞いた時、高森先生に和服屋の知り合いがいると聞かされたのが始まりだった。


 つまり、黒木さんは自分が直接お母さんに相談したわけではないけれど、高森先生を通して文化祭のためにお母さんを頼ったのである。


「岬が。私の事を……」


 黒木さんが実行委員である事を知らなかったのは予想外だったが、なんとかこちらの意図を汲んでもらえたみたいだ。


 もし黒木さんが美沙子さんを嫌いなら、そんなことするはずがない。

 言葉にしなくとも、その事が美沙子さんに伝わってくれればいいのだが。


「黒木さんとても頑張ってるんですよ。僕も負けていられないと常々思います」

「……要くん」

「はい」

「私はあの子に嫌われているのかしら」

「それは、ご自分で確かめるべきです」


 僕は下を向く美沙子さんに文化祭の広告を差し出した。


「在校生の親御さんは大歓迎ですよ」

「でも、私はもう……」

「たとえ離れ離れになったとしても、冴島さんと……岬さんは血の繋がった親子。それは決して変わらないのではないでしょうか」


 僕は、何も言わずに聞いてくれている美沙子さんに続けて言った。


「僕は隣で彼女の頑張りを見てきました。普段は周りと話すことすらしない黒木さんが文化祭を通してクラスの仲間達。僕たちと一緒に同じ目標に向かって頑張っているんです。一度でもいいんです。成長した黒木さんをその目で見て頂けないでしょうか」


 最後に僕は、もう一度深く頭を下げる。

 これで駄目ならもう、諦めるしかない。


 一世一代の大仕事。好きな子のお母さんにこんな頼み事をするなど、少し前までの僕なら想像もつかなかった。


「……分かった」

「えっ、」

「文化祭に行くわ」

「本当ですか!」

「ええ、実行委員の子がこうして直々に招待しに来てくれているんだもの。無下に断るわけにもいかないわ」

「それじゃあ」

「ええ、ずっとは居られないけど。必ず時間を作って見に行くわね。岬に直接会うのは怖いけれど、娘の頑張っている姿くらいは見て帰らなきゃね」

「ありがとうございます!」


 やった!

 どうにか美沙子さんから了承を得られた事を、とても嬉しく思う。


「でも、私からも一つお願いしてもいいかしら」

「あ、はい」


 心の中で喜んでいると、美沙子さんが笑みを浮かべて僕の事をじっと見つめる。


「これからも娘と……岬と仲良くしてあげてね。これはあの子の母親としてのお願いです」

「……! はい!」


 僕は力強く、そして自信を持って美沙子さんにそう答えた。

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