第41話 焼け石に水
「えっ、待ってください。ゲームを教える? 要くんが、ですか」
「はい。そうですけど」
「そ、そうですか。それは随分と仲が宜しいんですね」
「? ええ、僕から誘ったので」
「……それは、羨ましい」
「えっ、何かいいました?」
「な、何でもありません!」
先輩にしては珍しく小さな声で呟かれたその言葉を僕は聞き逃す。
でも言い直さないという事は、大した事じゃないのだろう。
「要くんに教わる前に、これで……勉強します」
「ふーん、そうですか。勉強熱心ですね」
「はい、それじゃあ……。会長、これ、ありがとうございます」
黒木さんは柊澤先輩にぺこりとお辞儀をする。
「ええ、構いませんよ」
それにしても、二人が敵対心を持っている理由ってなんなんだ?
先輩も黒木さんに敵対視を抱いているとはいえ、こうして雑誌を譲ってくれるのだから優しいのは確かなはずなのに。
「私は、黒木さんの先輩ですから。譲ってあげます」
「…………」
なんだろう。今の一言を聞いて、黒木さんの肩が一瞬ピクリと動いた気がする。
僕も今の言葉にはなにか含みを感じたけど。もしかして、なにか挑発してる?
「どういう意味……ですか?」
「言葉の通りですけど? ここは年上である私が年下の黒木さんに譲ってあげると言ったんです」
「…………」
あれ? 話しまとまったんだよね。
生徒会長の柊澤先輩が快く譲ってくれたように見えたのに、何この雰囲気。
「…………むかつく」
「いっ⁉︎」
小さな声だけど、今はっきりと黒木さんは柊澤先輩にそう言った。
先輩にしては珍しく煽るような態度を示したと思ったら、黒木さんにはその挑発が有効打となってしまったみたいだ。
幸い本人には聞かれていなかったみたいだけど。唯一、彼女の近くにいた僕には聞こえてしまった。
やっぱり、黒木さんも怒る時は怒るんだな。
黒木さんは先輩に対してだいぶご立腹の様子だし、僕はこのままここに居てもいいのだろうか。
「それよりも、要くんはこの雑誌はもう持っているのですか?」
そう考えたのも束の間、柊澤先輩は僕を逃がさないとでもいうようなタイミングで質問をしてきた。
「ど、どうしてですか?」
「要くんもこのゲームを遊んでいるのなら、普通欲しがると思うんですけど。その様子が見られないので」
「ああ、そういう事ですか」
僕もこの雑誌が出る情報を見てから欲しいと思っていた。
だが、今この場で僕が買おうとしないのには理由がある。
それは、もうすでにこの雑誌を僕は一度読んでいるからだ。
「もし持っているのなら、貸して頂けないでしょうか?」
「なっ!」
それに驚いたのは、僕ではなく黒木さんだった。
「要くんとの、貸し借り……」
黒木さんは雑誌と僕を交互に見る。
何やら迷っているようだが、確かに僕が雑誌を持っていたのなら貸すのは全然問題ない。
「僕は、ネットで予約注文してたので、もう読みはしましたけど、電子版なので生憎貸す事はできないんですけど」
もし僕が現物を持っているのなら、二人に貸すという選択肢もあったわけだが、それは叶わない。
「なるほど、それは盲点でした。では、私も本屋とかではなく要くんおすすめのネットで買わせて頂くことにします」
「あ、はい」
僕、おすすめなんて言ってないよな。
「私のために良い情報を教えて頂きありがとうございます」
「お役に立てたなら良かったです」
大した事じゃないのに、そんな風に感謝されると、なんだかくすぐったいな。
「……。やっぱり、これは会長が」
黒木さんが先輩に雑誌を差出す。急にどうしたんだ。
「いえいえ黒木さんが買ってください。私は要くんと同じ方法で買いますから」
「! 返します。私が電子版を買います」
「お断りします。電子版を買うのは私です」
えっ、なにこのやり取り。
おかしい。つい先程まで二人とも欲しいと言っていたのに、この一瞬で互いに押し付け合う状態になってしまう。
いくら電脳機器が進化したとはいえ、このままでは、紙媒体の雑誌の方が居た堪れないだろう。それはそれで可哀想だ。
正直この間に入るのは勇気がいるが仕方がない。
「あの、それじゃあジャンケンで負けた方が買うというのは……どうでしょうか?」
僕の提案に二人は顔を見合わせる。
子供っぽい方法かもしれないが、これなら恨みっこなしで決着がつく。
「…………」
「…………」
沈黙の間に何か物語ったのか、二人は頷いて呼吸を合わせる。
『じゃんけん! ポン!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます