第40話 火蓋は切って落とされる

 

「そっか! 今朝ゲーム内でチャットを送ろうとしていたのは柊澤先輩だったんですね」

「やっと思い出してくれましたか」


 そうだ。午前中黒木さんを待っている間にログインしたゲーム内で僕のキャラの前に現れたアバター。

 どこかで見た事あると思ったら、中学の時に一度だけ遊んだ柊澤先輩のアバターそのものだったじゃないか。今の今まで忘れていた。


「わざわざ要くんと初めて遊んだ時のアバター装備に変えていたのに、いきなりログアウトするなんて……」

「面目ないです。まさか柊澤先輩だったとは。黒木さんと待ち合わせた時だったので、すみません」


 あの時はちょうど黒木さんが来たから、そのままゲームを終了させたのだが、捉え方によっては傷つけてしまうよな。


「そういう状況だったのなら仕方ないですね」


 良かった。それ以上咎める事はされず、先輩も納得してくれたようだ。


「それじゃあ、私はこれで帰ります」


 それから柊澤先輩が再び雑誌へと手を伸ばす。


「あの……黒木さん?」


 先輩が雑誌を手にするよりも先に黒木さんの手が雑誌を掴んだ。

 しかもそのまま大事に抱き寄せている。


「すみません。私も……これが欲しいので」


 黒木さんの言葉に柊澤先輩は驚いた顔を見せる。


「黒木さんがですか? それなんの雑誌か分かっているのですか」

「もちろん……です。『ブレイズワールド』のゲーム雑誌ですよね。私も、このゲーム……始めますから」

「!」


 それを聴いて柊澤先輩が僕の方を見る。

 どうやら理由を問われているみたいだ。


「僕がやってるゲームの話をしたら、興味を持ってくれたみたいなんです。それで黒木さんもやってみたいという話になって」

「……なるほど。黒木さんが欲しいのは本当みたいですね。ですが、」


 先輩の視線が本棚へと向く。


「それが最後の一冊のようですね」


 僕もその視線の先を追うと、黒木さんが雑誌を取ったスペースが空になっていた。


「もしかしたらまだ在庫があるかも知れませんよ。店員さんに――」

「私がさっき店員さんに確認した所、売り場にあるので全部だと言っていました」


 打開策を講じようとしたが、柊澤先輩はすでに雑誌の状況確認をしていたみたいだ。

 確かに店員さんに直接聞いたほうが確実だもんな。売り場がこれだけ広いと探すのも一苦労だろうし。


「じゃあ、これが最後の一冊……」


 先に雑誌を手にした黒木さんも、それは予想外だったようで雑誌を見つめている。

 未だ理由は分からないけど、黒木さんと先輩は互いを敵対視しているみたいだから、さっきの行動は早いもの勝ちを意識した結果なのだと思う。

 でも、在庫がない事を聞いた黒木さんもこの状況には迷っているみたいだ。


「あの……」

「ふぅ、仕方ありませんね。私が諦めましょう」


 僕が仲裁に入ろうとした瞬間、柊澤先輩が手を引く事を告げた。


「!」


 黒木さんも顔をあげて先輩の声に耳を傾けた。


「実際、黒木さんの方が先に取ったのは本当です。なら、それはもう黒木さんが買うべきです」

「私……。最後の一個だって……知らなくて」

「分かっています。もし最初から在庫の状況を把握していたのら、黒木さんもこんな事はしなかったのでしょう?」


 先輩からの優しい言葉に黒木さんは小さく頷く。

 当然、僕も柊澤先輩と同じ意見だ。

 さっきの行動が冗談だったとしても、黒木さんは分かっていたらやらなかったはず。


「それに、このゲームのユーザーが増える事は悪い話ではありません。ですよね? 要くん」


 先輩に目配せされ、同意を求められる。

 これは合わせろって事かな。


「そうですね。黒木さん、せっかくならここは柊澤先輩に甘えさせてもらったらいいんじゃないかな」

「要くん……」


 不安な顔を浮かべる彼女に僕はできる限り優しい声で接する。


「僕が先輩の立場でも同じ事をすると思うし、黒木さんがそんなに興味を示してくれた事は、僕も嬉しいから」

「……うん、分かった」


 少し迷ったようだが、結果自分が購入させてもらう事を決めたようだ。


「これを買っても、要くんはゲーム……教えてくれる?」

「もちろんだよ。その雑誌の内容も参考になるだろうけど、黒木さんが僕を必要としてくれるなら付き合うよ」

「……ありがとう」


 僕が笑顔で答えると、黒木さんは嬉しそうに感謝の言葉を伝えてくれた。


「えっ、待ってください。ゲームを教える?」


 話しが事良く運んでいる最中、柊澤先輩が眉をひそめた。

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