第39話 忘れていた出来事
いつの間にか、僕たちがいたゲーム誌のコーナー付近にはもう一人お客さんが来ていた。
それが、我が校が誇る生徒会長。
「ど、どうして柊澤先輩がこんな所に。しかも、」
「……なんで制服?」
僕と同じくして疑問を呟く黒木さんが、先輩の服装を指摘した。
「もちろん買い物です。制服なのは学校から帰るところでしたので」
黒木さんにはすでに話したが、容姿端麗な上に成績優秀な非の打ち所がない柊澤先輩には意外な一面がある。
それが、僕と同じでゲームが好きだということ。
「そうなんですか。でも、なぜ学校に? 今日は休みですよね」
「私は大抵休みの日も学校にいますよ」
「えっ、そうなんですか」
「ええ、生徒会の仕事がありますから。まあ、今は副会長が主に仕事を引き受けてくれていますが、私もまだ生徒会長ですからね」
そうか、今は文化祭の準備期間。生徒会も忙しいのだ。
いわば生徒会の活動は部活動のようなもので、部活同様に生徒会も休日の時間も使って仕事をしているらしい。
先輩は卒業に向けて副会長への引き継ぎを始めているみたいだが、真面目な性格の先輩からして何もしないというわけにもいかなかったのだろう。
「でも会長、いいんですか? 制服で……こんな所に」
すると、黒木さんがむすっとした表情で切り出した。
相変わらず黒木さんは柊澤先輩のことを敵対視しているようだ。理由は分からないけど。
「寄り道の事ですか? 別に高校生なのだからいいと思いますけど。子供ではないので」
「…………」
この二人が揃うと、ほんと空気が重いな。
黒木さんが気にしていたであろう柊澤先輩との関係について全て話したつもりなのだが。
「それよりも、あなた達こそゲームショップで何をしているんですか? 見た所二人きりみたいですけど」
「あ、僕たちは文化祭に向けて――」
「デート……です」
「な⁉︎」
僕が黒木さんといる理由について話そうとした所で黒木さんが断定的に告げた。
柊澤先輩も珍しく声をあげて驚いている。
それよりも、やっぱりこれってデートだったのか。
黒木さんからその言葉が出たという事は認めざるを得ないな。つまり、黒木さんは最初からデートのつもりで俺を誘ってくれたってこと?
嬉しいけど、今はその喜びを噛み締めている場合ではない。
「今日は、
「な、なな、なるほど、デートですか。……そこまであなた達は進んでいるのですね」
何故か黒木さんはもう一度同じことを言ってから、堂々と胸を張って勝ち誇った態度を示す。
反対に柊澤先輩はなにやら押され気味な体制なんだけど。
一体、この状況はなんなのだろう。
「要くん……」
「はっ、はい!」
すると今度は柊澤先輩が僕の方を見ていった。
「お二人は……、その、お付き合いをしているのでしょうか?」
「えっ」
「!」
「デート……、という事は、二人は親しい間柄にある。そういう事だと思うのですが!」
柊澤先輩は焦りながら聞く。
「かか、要くんと……私が」
黒木さんもそれに呼応するかのように胸を抑えてなにかを呟いている。
やはりこの二人、僕には見えない何かで争いでもしているのだろうか。
「付き合ってはないですね。今日の、で、デートも文化祭の出し物の参考に一緒に予定したものなので」
「なるほど。ですが、デートには変わりないと」
「……まあ、そうですね。世間一般的にいえばデートだと思います」
ついに僕は今日の一日を、黒木さんとのデートと認めた。
一緒に出掛ける=デート。というのを自覚したのは今日が初めてだが、これがデートという事を僕は今日身をもって理解したのである。
「……そうですか。まあ、いいでしょう」
柊澤先輩もどうやら納得してくれたようで、いつも通りの生徒会長としての姿勢へと戻っていく。
黒木さんも落ち着いたようだが、二人とも顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。
「それよりも要くん。ここで会えたのはちょうど良かったです。あなたに一つ言っておきたい事があります」
「僕にですか?」
え、なんだろう。特に思い当たる事はないのだけれど。
「今日、あなたは私を無視しましたね」
「無視……ですか」
「はい。私が声をかけても何も反応しませんでしたよね」
「いや、今も別に無視しているつもりはないですけど」
ビシッと人差し指を向けられて、身に覚えのない疑いを掛けられてしまう。
「いいえしました。今日の午前中に」
「午前中? 今日先輩と会ったのはここが初めてですけど」
何度振り返ってみても、柊澤先輩と顔を合わせた覚えがまったくない。
仮に会ってたとしたらこれだけインパクトのある人、記憶に残らないわけがない。
「要くん。今日……私に会う前に会長とどこかで会ったの?」
こそっと黒木さんが耳打ちをしてくる。
そして何故か不満そうな声色をしていた。
「いや、会ってないよ。人違いじゃないかな?」
「そう、……良かった」
僕の答えを聞くと、黒木さんの表情は柔らかくなる。
……ん? まてよ。今日の午前中黒木さんを待って居た時に確か。
「……!」
そういえば、黒木さんと会う前に何かあったような気がするな。
「ねえ、黒木さ――」
「ちょっと! 何をこそこそと話しているんですか!」
僕と黒木さんの様子を見て、柊澤先輩はなにやら悔しそうに言う。
なぜ悔しそうなのかは分からないが、話している最中に内緒話をされれば不快に感じてしまうのも無理はないか。
「すみません。別に大したことではないんです。ただ今日柊澤先輩とどこで会ったのかなと。僕は今日黒木さんと会うまでに家を出てから誰とも話さなかったので、それが不思議で」
「! すみません、言い方を変えますね」
僕が首を傾げているのを見て、先輩は何かに気づいたようだ。
「私と要くんが会ったのは、アスカロの街です」
「あすかろの……街?」
隣にいる黒木さんが復唱する。
その単語には耳馴染みがある気がした。
「あっ、アスカロ……って! もしかして!」
この場にいる僕だけがその単語を聞いてピンときた。
黒木さんは首を傾げるが、それも当然だ。柊澤先輩が口にした街の名前はこの世には存在しない、架空のものなのだから。
『アスカロの街』。それは僕と先輩が遊んだ事のあるオンラインゲーム。『ブレイズワールド』に出てくる街の名前だった。
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