第42話 この気持ちって

 

「悔しい……」


 柊澤先輩と別れた後、僕と黒木さんは電車に乗って自宅を目指していた。

 車窓から見える外はすっかりと日が暮れ始め、夕焼け色の空が広がっていた。


「残念……だったのかな」


 隣に座る黒木さんが悔しそうに雑誌の表紙を見ながら呟いていた。

 結果黒木さんは柊澤先輩とのジャンケン勝負に敗れ、ブレイズワールドの情報誌を手に入れていた。


「私も、要くんと同じネットで買いたかった……要くんのおすすめ」

「いや、おすすめってわけじゃ」


 まるで電子版を買う事の方が、勝つ条件みたくなってるけど、結局は紙でも電子でも書いてあることは同じなんだけどな。

 これも女心というやつなのだろうか……。正直わからない。


「でも僕、嬉しかったよ」

「えっ、嬉しい?」


 黒木さんと柊澤先輩の間でのいざこざは別にして、僕は内心喜んでいた。


「黒木さんがゲームに興味持ってくれて。それも同じゲームを遊ぼうって言ってくれた事がすごく嬉しかった」


 僕は今まで同年代のリアルの友達で一緒にゲームを遊ぶ相手がいなかった。

 ……そもそも友達自体がほとんどいなかったのだけど。


 柊澤先輩とは一度遊んだ事はあってもそれっきりだし、知り合いで遊んだ事があるのは、せいぜいバイト先の店長くらいだ。

 店長を友達と呼ぶのはおこがましいもんな。


「やっぱり、自分の好きなものについて誰かと話すのって楽しいし。それが黒木さんならなおさら、」

「私、なら?」


 黒木さんとは友達になって色々な事もお喋りするようになって。それだけでも楽しかった。


 もちろん、僕が好きなゲームの話題じゃなくても。


 それがこうしてゲームの話が出来るようになったら、余計に嬉しいに決まっている。


「うん。黒木さんは友達、だから」


 友達と好きな物について話すのは嬉しい。

 でも、本当にそれだけなのかな。

 こんな気持ちになった事って、今までなかった。


 相手が女の子だからか……?

 いや、違う。たぶん、黒木さんが僕にとって特別……だから。


「……っ!」


 僕は咄嗟に口を塞いだ。

 今の声に出してなかったよな。


「友達……」

「う、うん。仲の良い人が自分の好きな物に興味を持ってくれるのはすごく嬉しいなって」

「そっか。……良かった」


 黒木さんのはにかむ笑顔に胸が高鳴る。


 彼女と仲良くなるまでは、こんな風に可愛い笑顔をする事だって知らなかった。

 一人でいる事が好きな無口でクールな女の子。

 そんなかっこいい印象だった黒木さんが僕の中ではもう、すっかり可愛い女の子として認識されている。


 何気ない会話を重ねる度に、彼女の本当の姿が見えてくる。

 今日のデートだってそう。黒木さんが甘いものが好きだったり、臆病な面もある事。

 あとは、負けず嫌いってところかな。


「黒木さんはさ。甘いもの以外に好きな物とか事ってあるの?」

「私の好きな……もの?」


 それから黒木さんは考える素振りを見せる。

 そんなに考えるものなのかな。

 でも、もしかしたら黒木さんには趣味と呼べるものがあまりないのかもしれない。


 意外とそういう人も多かったりする。

 そう考えると、今の質問も申し訳なく感じて来た。


「私の好きな物か……。うーん、でもどうして急に?」


 黒木さんがゲームについて興味持ってくれたのが嬉しかったからつい聞いちゃったけど。いきなり過ぎたかな。


「僕もその話題でなにかお返しができたらって思ったんだ。無ければ無理に応えなくていいからね」


 僕は純粋に自分だけが好きな物を話すのは公平ではない気がした。

 黒木さんにも同じ気分を味わってくれた方がより会話も楽しくなるかと思って、話題を振ったのだが逆に困らせてしまったかもしれない。


「お返し?」

「僕はゲームが趣味だし、同時に好きな物だけど。黒木さんにもそういうものってあるのかなって」

「……うーん。無くはない、けど」

「えっ」


 しばらく考えて頭の中で答えが纏まったらしく、話を続ける。


「最近は見るのが好きだけど……。服、かな」

「服って、ファッションとかってこと?」


 僕の質問に小さく頷く。

 確かに、今日の黒木さんもおしゃれだし。男女問わずファッションに興味がある人は多い。

 それなら、やっぱり僕も衣服についてはもう少し関心を持たないと駄目かもしれないな。


 ん、まてよ。


「最近は、って。昔は違ったの?」


 黒木さんの言葉を思い返してみて、一つ疑問が生まれた。


「子供の頃から、服は好きだったけど、絵に描き出すのが……一番楽しかったかな」


 質問に対して、黒木さんは嬉しそうに答えてくれる。

 俺はその答えに内心驚いた。


「それって、デザインするって事だよね。すごいね、もしかして服とか作れたりするの?」

「……ううん。実際に服を作った事はなくて、ハンカチとかなら……あるんだけど」

「十分すごいよ。じゃあ、将来はファッションデザイナーとかになるのかな」


 黒木さんは大きく首を振った。


「分からない。絵を描いてたのも……小学生の頃だったし。だから今は……見るのが専門」

「そっか」

「だから趣味とかじゃなくて、遊びの範囲内……って感じ」

「でも、そういう家庭科的な事も好きなんだね」

「……うん」


 小さく笑いながら、彼女は肯定する。


 黒木さんは趣味じゃないと言ったけど、きっと今でも服をデザインしたりするのはやってないだけで好きなんだろうな。

 なんだかまた意外な一面を知れた気がする。


「実はさ、妹からもっとファッションに関心を持つよう言われたんだよね」

「由花ちゃんから……?」

「そうそう。だから、もしまた一緒に出掛ける機会があったら。その、コーディネートとか」

「する!」


 それを聞いた途端、黒木さんは身体を寄せてきた。


「私……でよければ!」

「ほ、ほんと? 助かるけど男物だとつまらないかもしれないよ?」

「ううん、要くんの服選べるの……嬉しい」

「じ、じゃあその時はお願い……しようかな」

「うん、約束」


 そう言って、黒木さんは小指を差し出してきた。


「……うん。約束」


 僕はこの前のように、彼女の小指へ自身の小指を絡める。

 これって、また次のデートの機会を頂けたという事なのかな。


「…………」


 自分でも気づいてしまった。もはや、認めざるを得ない。

 黒木さんを自分にとって特別だとなぜ思ったのか。

 理由はもう……明らかだ。

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