第45話 和服屋と店主さん


「こんにちはー」

「こ、こんにちは」


 先生を先頭に、後に続いて店内へと入る。

 するとそこには様々な和風の衣装を取り揃えた空間が広がっていた。着物独特の古風な空気が僕たちを包む。


 見ただけで高級そうな服が並ぶ中、僕と先生は店の奥へと入っていく。


「なんだかすごいところですね。ここ」

「ははっ、男のお前からしたら無縁だろうからな。あっ、でも岬が結婚式は和装がいいって言ったら話は別だがな」

「……なんの話です?」


 先生の冗談話しは置いておくとして。先生の話では店はまだ開いてから数年だと聞いている。

 商店街の一角にあるお店をリフォームして今のお店に改装したのだとか。

 今歩いている店内の床からも、確かな新しさを感じる。


美沙子みさこさんいらっしゃいますかー」


 高森たかもり先生は店の店主であろう人物の名前を口にする。

 事前に先生からの情報を僕はそれほど与えられていない。

 女性物の服を扱うだけあって、やはり女性の店主がこの店を切り盛りしているようだ。


 どちらかといえば、黒木さんの方が今回の件については詳しそうだった。

 こうして僕が出向く事になるのであれば、もう少しその辺りの話を先生の車の中でするべきだったと後悔する。


「あら、れいちゃん。早かったのね」

「美沙子さん。ご無沙汰しております」


 ほどなくして、店の奥から紫色の和装に身を包む一人の黒髪の女性が出てきた。


 見たところ、僕の母さんと歳はそう変わらなそうだ。

 先生の知り合いって聞いていたから、てっきり先生と同い年くらいの人を想像していたのだが違った。

 女性の年齢について詮索するのは良くないかもしれないが、心の中だけでくらいなら許して欲しい。


「玲ちゃん……。とそちらの方は」

「こ、こんにちは! 高森先生の教え子のかなめと言います」

「ああ、玲ちゃんの言っていた実行委員の子ね。初めまして、この和服専門店のオーナーを務める冴島さえじま美沙子です」

「よろしくお願いします!」


 学生の僕に対して綺麗なお辞儀で挨拶をされ、それに十分応えれるように深々とこちらも頭を下げる。


 すごく礼儀の正しい人だな。

 でもどうしてだろう。どこかで見た事あるような気がするんだよな。それに、誰かに似ているような気も……。


「ふふっ、話しに聞いていた通りいい子ね」

「えっ」

「玲ちゃんから聞いてたのよ。自慢の教え子を連れていくって」

「そ、そうなんですか」


 初めて聞く話題に僕は高森先生の方を見る。

 そう言ってくれてたなんて、嬉しいな。


「はい。あたしの立派な荷物持ちですよ!」


 うん、前言撤回しよう。


「美沙子さん。来て早々申し訳ないんですけど頼んでいたものって用意できてます?」

「ええ、準備万端よ」


 美沙子さんに案内されて、奥の方へ行くとミシンや様々な布といった物が置かれた作業部屋らしきところへと通される。


「確か、五着で良かったのよね」

「はい。助かります」


 そうして見せられたのは、和服が収納されているであろう段ボールケースがいくつか並んでいた。


「一応女子高生用にサイズは調整してあるけど、なにか問題あれば言ってちょうだいね」

「分かりました。それではお借りします」

「ありがとうございます!」


 僕は先生の言葉に続いてクラスを代表してお礼を言う。

 店内にある物と違うのは分かっていても、和服ってだけで値は張る物なのは確かだ。

 それを高森先生の知り合いというのが理由で無料で貸して頂けるのだから、これだけ有難いことはない。


「いいのよ。全部古いもので捨ててしまう予定だったから、こうして使ってもらえるのは嬉しいわ。それに、玲ちゃんは私にとって、もう一人の娘みたいなものだもの。断るわけにも行かないわよ」

「え」

「そうだ。せっかくならお茶でもしていかない? 学校での玲ちゃん達の話しが聞きたいわ」

「すみません。この後、職員会議もあるので」

「えっ、先生そんな事言ってな……でっ!」


 横にいた先生が僕の横っ腹をつねってきた。

 それによって言葉を言い切る前に強制的に話しを切られる。


「ほら! 要、お前も持て。なんのために連れてきたと思ってる」

「あっ、はい!」


 なんだろう。今、僕が言おうとしたことを遮られた?


 そして僕は先に収納ケースを運ぼうとしていた先生に倣い、すぐに荷物を抱えた。


「それじゃあ美沙子さん。あたしらはこれで。忙しいのにありがとうございました」

「全然大丈夫よ。返すのはいつでもいいからね」

「はい」

「あの、すみません」

「? 何かしら要くん」

「店長さんに一つ、お聞きしたい事がーー」

「要! 早く車に荷物を積めろ」

「あ、はい!」


 僕は先生に急かされ、結局気になっていた事を美沙子さんから聞く事ができなかった。

 そのまま僕は、荷物をトランクに乗せて先生の車の助席に座る。


「二人とも、帰りは気をつけてね」

「はい。美沙子さんも身体には気をつけてください」

「大丈夫よ。まだまだ若いんだから。玲ちゃん、にもよろしくね」


 あの子?

 美沙子さんの表情が少し寂しげに見えた。


「……はい」


 その会話を最後に、先生は車を発進させた。

 お願いしている方はこちらだから仕方は無いと思うが、あっという間の時間だったな。

 長話するわけでもなく、目的の和服を受け取ってすぐに帰る。まあ、元々その予定だったんだけど。


 何か引っ掛かるんだよな。


「…………」


 店に向かう途中の時とは違い、運転する高森先生は何も喋らない。

 それに、なんだか先程の店内での様子も変だった。


 先生と美沙子さんってどういう関係なんだろう。


 それを聞こうと思ったのに、高森先生に止められて叶わなかった。


 ……だったら、先生に直接聞くしかない。

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