第20話 広まった噂

 

「それでは、以上を持ちまして最初の文化祭実行委員会を終了します。お疲れ様でした」

『お疲れ様でしたー』


 生徒会副会長の言葉を聞き、教室内にいた別クラスの実行委員たちが席を立つ。

 実行委員に選ばれてから初の会議は約一時間半を要した。おかげで腰が痛い。


 クラスの出し物について話し合った次の日の放課後、さっそく出し物について報告する場を設けられていた。

 それが今しがた終了した実行委員会の集まりだ。


「やっと終わった〜」


 僕は凝り固まった肩や背中をほぐす様に宙に向けて両腕を伸ばす。


かなめくん……。お疲れ様」

「うん、黒木くろきさんもお疲れ様。慣れない事すると疲れるよね」


 実行委員会は各クラスの実行委員二名が参加する事になっている。

 だから僕たちはこうして二人揃って顔を出していたわけだ。


「ううん、私は全然。要くんの方が大変だった……でしょ? 報告係を引き受けてくれたから」


 今日の議題は文化祭の出し物の決定だ。

 そのため、僕は実行委員の一人として、クラスで出す和カフェについての計画を発表したのである。


「そんな事ないよ。書記の仕事は黒木さんがしてくれたんだからお互い様だよ」

「私は大丈夫……だよ。隣に座っていただけ」


 そんな事はないんだけどな。

 僕は黒木さんが座る机の上に広げられたプリントに目を通す。


 やはり他のクラスでも喫茶店を希望するところは多く、二学年では五クラスの内、僕らのクラスを含む三つのクラスが喫茶店を希望していた。


「それにしても、予想通りだったね」

「うん……。他もお化け屋敷とか、体育館を使った劇だとか。定番のものが多かったね」


 幸い、コンセプトが被らなかったため、問題なく案を採用して頂き、無事に僕たちのクラスは和カフェを開く事に決定した。

 クラスのみんなにも良い報告を持って帰れそうだ。

 次回のクラスの話し合いでも、黒木さんがまとめてくれたこの用紙さえあれば問題ないだろう。


「これ、後でコピーさせてもらってもいいかな?」

「もちろん」

「ありがとう。黒木さんがいてくれると心強いよ」

「そ、そう? ……よかった」


 彼女は照れくさそうに笑う。

 でも本当に助かった。男の僕だったら乱雑な殴り書きをしていたところだ。


「でも、これからもっと忙しくなるね」

「うん、私も……頑張る」


 黒木さんが横で両手の拳をぎゅっと握ってみせた。

 その言葉からも彼女のやる気が窺える。

 僕も足を引っ張らないようにしないと。

 黒木さんと違って、僕を周囲から見た評価は決して高いものではないのだから、黒木さん以上に頑張らないと。


「おい、マジで黒木さんが喋ってるぞ」

「じゃあ、あいつが噂の?」

「ん?」


 黒木さんと会議の振り返りをしていると、そんな声が聞こえてきた。


「黒木さんってあんな風に笑うんだ」

「どうしてあいつ黒木さんと仲良いんだ……」

「同じ実行委員だからじゃん?」

「でもその前から仲良いって噂で聞いたぜ」

「要くん……だっけ? 顔は悪くないけど、パッとしない人なのにね」


 他の生徒が僕たちについて何やら色々と話しているようだな。

 さすがに一週間も経てば、こういった周囲の目には慣れてくる。


「……要くん。帰ろう」

「あ、うん」


 席を立ち上がった黒木さんが僕の袖を引っ張った。

 特に教室に残る理由もないので、彼女に従い退出する。


 教室を出ると、より室内の話し声が大きくなった気もするが気のせいだろうか。


「ごめんね黒木さん。僕のせいで色々と噂になっちゃって」

「要くんのせいじゃ……ないよ。周りが勝手に騒いでるだけ……だから」

「…………」

「…………」


 ……なんか黒木さん怒ってないか?

 表情はいつも通りだけど、なんとなく言葉に力が入っているような気がする。

 やっぱり、噂されるのは嫌なんだろうな。あれだけ声が大きければ自然と話の内容も耳に入ってくるだろうし。


「……やっぱり許せない」

「えっ?」


 頭の中で考えていると、黒木さんが途端に呟いた。


「他の実行委員の人たち」

「黒木さん、本当は怒って……」


 僕が改めて話しを聞こうとしたところ予想に反する事を言われる。


「だって、あの人たち要くんのこと何も知らないくせに! パッとしないだとか、実行委員同士だから仲良くしてるだけとか勝手なこと言って。……失礼だよ」

「……え、そっち?」


 どうやら黒木さんは噂をされる事よりも、僕が悪く言われた事について怒ってくれていたようだ。


「僕、別に気にしてないよ。こういうのは慣れてるし」


 僕が幼馴染の新太あらたと仲が良い事を疑問に思う生徒だって今まで何人もいた。

 バレー部のエースと、ゲーム好きの僕とでは全く住む世界が違う人間として見られる事が当たり前だったから。だから、今回の件もその延長くらいにしか考えてはいない。


「要くんが良くても、私は……良くない」

「黒木さん……」

「私は自分で望んで要くんと……友達になったし、要くんは優しくてかっこいい人なのに」

「っ!」


 そんな事を面と向かって言われると、さすがに恥ずかしいな。

 でもそうか、黒木さんは僕のことをそんな風に思ってくれていたのか。


「黒木さんにそう言われるとなんか照れるな……」

「え?」

「と、とにかく! 僕は他の人になんて言われようと構わないから」

「だけどっ……」


 黒木さんが何か言いかけたけれど、僕は構わずに続ける。


「でも、黒木さんがそれでも嫌だって言うのなら見返してやらないとね。この文化祭で」

「っ! ……うん」


 僕の言葉に黒木さんは笑顔を浮かべる。

 やっぱり黒木さん、笑うと特に可愛いな。


「…………」


 でも、どうしてかな。

 最近黒木さんが向けてくれる笑顔や、僕と話している時の表情を誰かに見られてると思うと、ちょっとだけモヤッとした気持ちになる。

 ……どうしてだろう。

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