第29話 和風の喫茶店へ

 

『いらっしゃいませー』


 木製の趣のある扉を開くと、店内の落ち着いた空気に出迎えられる。


「何名様でしょうか?」


 ちょうど入り口付近を通った女性店員さんに声をかけられた。


 すごい、和服だ。


 僕たちに対応してくれたお姉さんが着ていたのは緑色の和装に白いエプロン。

 おそらくこれが、この和カフェの制服なのだろう。店内にいる他の店員さんも皆同じ服装をしている。


「二人です」

「それではこちらのお席へどうぞ」


 お昼の時間に突入するため、混んでいる事を想定していたが待ち時間もなくあっさりとテーブル席へ案内される。

 しかも、ひと休みするにはぴったりの窓際の席だ。日当たりも良さそう。


 席に着くと、黒木くろきさんが僕にだけ聞こえるように言った。


「ねぇかなめくん。綺麗なお店だね」

「おしゃれなところだよね」


 お店の外観が街の中では珍しい古風な民家を思わせる作りであるのと同時に、店内も日本らしい心地の良い清潔感のある内装をしていた。

 柱や天井も古い木が使われているみたいで、昔ながらの良いイメージを活かしている。

 テーブルや椅子をはじめとしたインテリアも和風カフェならではだが、学園祭でこれを再現するとなると予算がどう考えても足りない。

 参考にしたいポイントだけど、テーブルや椅子は既存の教室のものを使うしかないかな。


「こちらメニューになります」

「どうも」


 席へと案内してくれたお姉さんが、お品書きを手渡してくれた。


「注文が決まりましたら、お声がけください」


 それから一礼して、僕たちの席から離れていく。

 普通のファミレスとは違い、呼び出し用のボタンとかはないらしい。店内がそこまで広くないからかもしれない。


 改めて店内を眺めてみても、ネットで調べたとおりの過ごしやすそうな和風の喫茶店だ。


「私、街中にこんな和カフェがあるなんて……。知らなかった」

「僕も、調べるまでは全然だったよ」


 黒木さんには事前に話したが、街中にはいくつか和風の喫茶店が点在していた。

 他の店は和室や畳、まさに本格的な和風飲食店だったけど、この店は違った。唯一和風と洋風がバランスよく整っていて参考にするにはもってこいのお店。それがここだった。


「それに制服も……可愛い」

「黒木さんも和装とか似合いそうだよね」

「そ、そう? 似合う、のかな」


 絶対似合うだろう。むしろ見たい。


「そういえば、女子達が和カフェをやるなら和服を着てみたいな事言ってたよね?」

「うん」


 僕は、クラスでやった話し合いの時の事を思い出していた。


「ここの制服はすごいけど、流石にあんな物は何着も揃えられそうにないな」

「予算的に厳しい……かな?」

「うん。現状の予算の内訳としては、衣装代が半分、残りを食べ物や飲み物って感じだから。これだとちょっとね」

「男子はどうするの?」

「一応、服装は安い法被くらいで考えてたよ」


 僕は某ショッピングサイトの画像を黒木さんへと見せた。


 店の制服に力を入れたいという要望は男子からは無かった。それなら、こういった物を交代制で着回すくらいで十分だろう。

 事前に仲の良い新太あらたに聞いたら、いいんじゃね? との事。

 新太からの賛成があれば、他の男子の同意も得られるはず。


「要くん、実は制服の件なんだけどね……。何とかなるかも、しれない」

「えっ、本当に!」


 一番の難題に頭を悩ませていると、黒木さんがなにやら打開策を用意してくれていたらしい。


「すごく助かるよ。用意するのに一番時間が掛かるとしたら制服の件だったから」

「うん、れいちゃんのね……。知り合いの人で、和服を取り扱う仕事をしてる人がいて」

「そうなんだ。高森たかもり先生の……」


 偶然なんだろうけど、うちの担任の先生の人脈には感謝せざるを得ないな。


「それで、文化祭の時に数着なら和服を貸してくれる……って事になってて」

「もうそこまで話が進んでるんだ。じゃあ、それを使えば」

「うん。和カフェの女子の制服は大丈夫……だと思う」

「やった! それなら後はメニューを考えて、内装とか看板とか備品を作るだけだからだいぶ余裕が生まれるよ」

「それなら、良かった」


 思いもよらないところからの助けに、頭の中の構想が一気に実現へと変わり始める。


「っと、それよりもせっかく和カフェに来たんだからメニューを頼まないとね」

「……! うん、私甘いもの好きだから……楽しみ」


 やっぱり、女の子はスイーツのような甘い物には目がないみたいだ。

 かっこいい黒木さんならブラックコーヒーとかも飲めちゃうイメージだけど女の子らしいスイーツを楽しむ姿もきっと似合うんだろうな。


「何にしようかな……」

「…………」


 目をキラキラとさせた黒木さんを見て、僕には一つ思う事があった。


 女子と二人きりで休日に会う。手を繋ぐ。一緒に昼食を食べる……。

 由花ゆいかには違うって言い張ったけど、これって側から見たらやっぱりデート……なのかな。

 そうだとしたら、こんな素敵な子とデートできるなんて夢みたいだ。


 あの黒木さんとデート……。


 数週間前の僕に、こんな未来があることを伝えたとしてもきっと信じないだろう。

 それでも、これは現実だ。

 文化祭に向けての調査とはいえ、今日というこの日を存分に楽しもう。

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