第28話 妹直伝「そういうもの」

 


 目的の駅に到着し、外へと出る。


「結構人が多いなぁ」


 流石に休日ともなると、街の方は人で溢れていた。

 見たところ僕たちと同年代くらいの人たちがほとんどに見える。


黒木くろきさんは街の方に来たりするの?」

「……うん。たまにだけど、れいちゃんと遊びに」

「へぇ、高森たかもり先生と」


 先生はどうやら学校以外でも彼女と過ごしているようだ。

 従姉妹同士とは聞いていたけど、休日にお出かけするなんて本当に姉妹みたいだな。


かなめくんは、休みの日……何してるの?」

「僕は家にいる事が多いかな。ゲームしてばかりだけどね。後はバイトもあるし、街の方に来るのは久しぶりなんだ」

「そっか……」


 黒木さんは僕の顔を見てにっこりと笑い返す。


「この辺り人が多いから移動しようか」

「うん」


 話しに夢中になる前に、駅前から離れるよう二人で足を進めた。


 駅だけでこれだけの人がいたら店の方も混んでいるかもしれない。早く来て正解だったかな。

 それにしても、こっちの方まで来るのは本当に久しぶりだ。事前に頭の中に店までのルートを叩き込んでおいて良かった。


「今日行く喫茶店はあっちだね」

「あっ……。まって要くん!」


 僕が指差した方へ向けて歩き出そうとしたところ、黒木さんが服の袖を掴んできた。


「えっ、どうかした?」

「その……ね」


 僕は足を止めて黒木さんの方を向く。

 何やら顔を赤くしているけれど……。

 まさか、体調が悪いとか!


「もしかして黒木さん。具合悪い?」

「ううん、違う。あの、ね」

「うん?」


 黒木さんが視線を少し下に向けて、徐々に話し出す。

 口調はいつも通りだし、さっきまでの様子からも熱があるようには見えなかった。もし我慢しているならすぐに引き返すべきだけど。


「体調が悪いとかじゃ全然ない……。ただ、要くんに言いたかった事が、あって」


 それから手招きをされたので、黒木の口の辺りまで顔を近づかせる。

 すると、黒木さんが口元に手を添えた。

 何か周囲に聞かれたくない事でもあるのだろうか。


 とりあえず、体調不良とかではなくてよかった。しかし、この距離には慣れないな。

 それに、なんか……。すごくいい香りがするんですけど。耳も黒木さんの呼吸が当たってくすぐったい。

 っていかんいかん、話しを聞くことに集中しないと。

 こんな要求をしてくるのだから、きっと重大な事に違いない。


 僕はそんな彼女の小さな声を聞き逃さぬ様にしっかりと耳を傾けた。

 それから彼女は小さな声でこう言った。


「要くん……も。今日の服、似合ってる……よ」

「!」

「す、すごく、かっこいい」


 話が終わると、パッと黒木さんは添えていた手を外す。

 こそっと耳元で囁かれたそれは予想だにしない言葉だった。

 それを引き出したのは、妹の由花のファインプレーがあってこそなのだろう。


「……あ、ありがとう、ございます」

「う、うん……」


 顔を離すと、彼女は頬を紅潮させて照れくさそうに笑う。その姿に僕の胸が高鳴った。


「じ、実はね」


 黒木さんは僕から視線を背けながら申し訳なさそうに言う。


「今日会った時から、ずっと言おうと思ってたんだけど……。なかなか言い出せなくて、電車の中でもいつ言おういつ言おうってずっと考えてた。私の服の感想だけ聞いといて、要くんの今日の格好について何も言わないなんて変……だよね。ごめんね」


 なにその可愛い理由!

 何なんだこれは一体、今日の黒木さんは一段と可愛すぎるぞ!

 普段は男の僕でさえかっこいいと思ってしまう黒木さんのギャップに、ついには僕の顔も紅潮しているのが分かった。

 でもそっか、だから黒木さんはさっき顔を赤くしてたのか。


「僕の方こそ、気が利かなくてごめん」

「えっ?」

「女の子と二人きりで出掛けるのなんて、初めてなんだ。だから、本当なら僕が自分から感想言わなきゃいけなかったんだよね」

「そ、そういうものなんだ」

「そういうものみたい」


 ここに来て、家での由花のアドバイスが的確だった事を実感する。

 妹とはいえ、人間関係……。特に異性とのコミュニケーションについては由花の方が何枚も上手なようだ。

 これからは、由花のアドバイスはちゃんと聞くことにしよう。


「じゃあ、要くん。今度こそ……行こうか」

「うん、そろそろお昼時で混むかもしれないからね」


 改めて目的地へ向かおうとしたところで、黒木さんが僕の手を握ってきた。


「なっ、え⁉︎ 黒木さん⁉︎」


 前に小指を絡めた時とは違い、今度はしっかりと彼女の体温が掌に伝わってくる。

 柔らかな手の感触に、僕よりも小さな手。

 握手などではなく、これは完全に手を繋いでいる形だ。


「駄目……かな?」

「全然駄目じゃないです!」


 僕は彼女の問いかけにノータイムで答える。

 そんな可愛らしい上目遣いをされれば、断る事などできない。というより、断る理由などこれっぽっちもない。

 でもまさか、こんな風に手を握られるとは思いもしなかった。


「よかった……」


 黒木さんは安心した表情を浮かべて、そのまま歩き出す。


 僕は今日、こんな幸せなひと時に心臓が持つのか心配でならない。

 期待と不安の二つを感情を思い浮かべながら、彼女に手を引かれ再び隣りを歩き出した。

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