第27話 待ち合わせは30分前に

 


 改札口付近で足を止めて周囲を見る。

 だが、まだ彼女の姿はない。

 僕は集合場所の駅にて、黒木くろきさんを待つ。

 約束の時間は11時。そこから電車に乗って街中へ行く予定だ。


 黒木さんと友達になってから一週間とちょっと。こうしてみると怒涛の日々だったな。

 同じ文化祭実行委員になった事で、より黒木さんとの関わりは増えた。連絡先の交換もして、帰宅後もメッセージチャットのやり取りをするほどに。

 今回の約束のやり取りもチャットをメインに話を進めていた。

 学校で今回の事を聞かれたら、特に男子たちからはまた色々と言われそうだから助かったし何かと便利だ。


 今日のお出掛けも、僕が街中に和カフェがある事をネットで見つけて黒木さんに教えたところ、集合の時間と待ち合わせ場所は黒木さんが決め、今に至る。

 元々は黒木さんが誘ってくれて計画したけど。僕が何もしないわけにはいかないし、店だけでも見つけることができてよかった。


「ていうか、早く着きすぎたな」


 スマホの時間を見ると、まだ10時30分。


 由花に急かされて出てはきたけれど、暇な時間ができてしまった。

 黒木さんを待たせるという事態は避けれるからいいけど、時間までどうするべきか。


「そうだ! 待ってる間にログインボーナス貰っておこう」


 僕はそのままスマホ画面に映るアイコンをタップしてアプリゲームを起動させる。

 家でのゲーム時間が取れなくなった打開策として、僕は普段遊ぶオンラインゲームのプラットフォームをスマホに移行していた。

 本来なら何時間でもぶっ通しで遊ぶのが僕のやり方。けれど、細かい隙間時間で嗜む。それが今の僕のゲームスタイルだ。

 ゲームをやる時間が減っている事に変わりはないけれど、スマホなら家でも外でも遊べるし、なんて優秀な代物なのだ。

 それに合わせて導入されている、データ共有のシステムは最高だ。これならパソコンじゃなくても十分に楽しむことができる。


「……お、やった!」


 本日のログインボーナスは装備の強化アイテム。

 僕が遊ぶMMORPGにとっては欠かせない存在だ。

 本来なら強化アイテムがドロップするダンジョンを周回しなくてはいけないが、こうしてログインするだけで手に入るのはお得としか言いようがない。


「よし、さっそく入手したばかりの武器に使ってと……」


 後はどうしようかな。簡単なダンジョンでも行って時間を潰すか。


「ん? 今ログインしてきた人どこかで……」


 僕のプレイキャラの周辺に一人のキャラクターがログインした。

 そして僕の方を向いてトークチャット打ち込み中のアイコンが表示される。


「……くん」


 どこかで見たことあるんだよなぁ、このキャラアバター……。誰だっけ?


かなめ……くん?」


 普段から多くのプレイヤーと遊んではいたけど、毎回特定の人と一緒に遊ぶ事はなかった。しかし、今目の前にいるキャラクターには見覚えがあった。

 もしかしたら、有名なトッププレイヤーかもしれない。


 でも、今チャットを打ち込んでるって事は、遊んだ事ある人なのか……?


「要くん!」

「えっ、はい!」


 と、僕の名を呼ばれて咄嗟に顔を上げた。


「あっ!」


 すぐにスマホを閉じて、僕を呼んだ人物と顔を合わせる。


「く、黒木さん⁉︎ いつの間に!」


 目の前にいた人物は黒木さんだった。

 突然の出来事に危うくスマホを落としかける。

 まだ来ないだろうと思って油断していた。


「おはよう」

「お、おはよう。黒木さん」

「うん」


 スマホをポケットにしまい、僕は黒木さんの姿に目を向ける。

 彼女は僕の様子に首を傾げている。


「……?」


 黒木さんの私服……。

 普段見慣れない姿につい視線が外せなくなる。その衣服は黒木さんの良さをより引き立たせていた。


 彼女を包み込む様に着る緩い水色のウェア。それに合う白いフリルのロングスカート。

 カジュアルな要素と甘い雰囲気が合わさったコーデだ。

 それから、スカートの下から見える黒いストラップシューズからは大人っぽさも感じる。


 髪型はいつも通りのポニーテールだけど、今日の黒木さんはすごく。


「……綺麗」

「なにが?」

「あ、いや何でもない!」


 って、何でもないじゃないだろっ!

 つい口から漏れ出た言葉を不意に隠してしまった。


 普段はブレザーの下かワイシャツの上に黒いパーカーを羽織った所しか見た事がなかったから、なんだか新鮮だ。

 元々カジュアルな制服の着こなし方だったけど、こういう清楚な黒木さんの私服姿もすごく良い。


「それより、要くん早いね」

「く、黒木さんこそ、約束の時間までまだ30分近くあるのに」

「……うん、楽しみだったから。つい……早く出て来ちゃって。要くんは?」


 そう聞かれると答えに迷うけど、僕も楽しみだったのは事実だ。


「僕も似た感じかな」

「そっか……、ふふふ」

「あはは」


 か、可愛い!

 黒木さんが浮かべた表情に、僕の顔は熱くなる。


「あっ、あのね、要……くん」


 黒木さんは下げた両手をきゅっと握りしめながら言う。


「どう……かな? この服、変じゃない……かな?」

「え⁉︎ ……あっ!」


 そういえば、由花が黒木さんの服を褒めろみたいな事言ってたっけ。

 さっきはびっくりして誤魔化しちゃったけど、ちゃんと伝えるべきだよな。


「とても似合ってるよ。普段の黒木さんもかっこよくて素敵だけど、今日の黒木さんも……、すごく良いと思うよ」

「ほ、ほんとに? 嬉しい……」

「うん。それに可愛い」

「……⁉︎ あ、ありが……とう」


 やっぱり直接本人に言うのは恥ずかしいな。

 言うか迷ったけど、可愛いなんて女の子に向けて言うのなんて幼稚園児以来かもしれない。

 けれど、服装の可憐さから、かっこよくてクールな彼女の印象とは別にそう感じていた。


 僕はそれを素直に伝えただけの事。悪いことはしていない。


「〜〜〜〜!」


 黒木さんは頬を林檎のように紅潮させて視線を逸らす。


 彼女と過ごしてて分かるようになったけど、黒木さんが偶に見せる仕草。

 顔自体は背けずに、視線だけを逸らす動き。これは照れている証拠だ。

 つまり、気持ち悪がられてはいないと言うこと。それさえ分かれば言った本人の僕としては安心できる。


「それじゃあ。ちょっと早いけど、出発しようか」

「うん」


 それから僕と黒木さんは電車へと乗り込み、目的である街中の駅を目指した。


「…………」


 あれ? そういえばさっき、何か思い出そうとしていた気がするんだけど、なんだったかな?

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