第26話 休日の始まり
「うわー、普段とは別人みたい」
リビングに入ってきた僕の姿を見て、
「いや、由花が選んだんじゃないかこの服……」
白いパーカーの上にネイビーカラーのサーモカーディガンを羽織り、下はデニムという装い。
これが今日の僕の私服だった。
自らファッションコーディネーターを買って出た妹の由花がそれを見て笑う。
「良い意味でだよ! 良い意味で! あははっ」
今日も今日とて妹の僕への扱いが雑すぎる。
何でもかんでも良いって付ければ解決するものではないと思うが。
「やっぱり似合ってないよ。僕がこんな服を着るなんて」
「別に似合ってないとは言ってないじゃん!」
本来なら、休日は上下スウェットかジャージ姿が当たり前の生活。だから、こんな姿で外を歩くのは初めてだ。
「モノトーンカラーにまとめて正解だったね。お兄ちゃん素材は良いくせに、普段地味だから。あ、もちろん良い意味でだよ」
「取ってつけたように褒めるのはやめなさい……」
由花の言うように派手な色を避けてくれているのは分かる。目立つのは嫌だが、何よりもそんな派手な服装こそ確実に僕には似合わないからな。
しかし、こういった服ですら似合うかは分からない。
「もう、お兄ちゃんはもっと自分に自信持ちなよ。ゲームばっかりしてないで」
「ゲームは関係なくない?」
「もっと外に出る意識をしなよって事」
そういえば、
「服はその人を印象付けるものなんだからね。たまには興味持った方がいいよ」
「そういうもの?」
「そういうものなの!」
まるでツッコミのようなお説教を妹から受ける。
「しかも、結構高かったし」
「それは勉強料だと思いなよお兄ちゃん」
「意味分かって言ってるのそれ……」
僕は自分の服に触れながらいう。
明らかに普段着る私服よりも良い素材をしている事がわかる。
この衣服は、由花が選んでくれた物。
由花も母さんもデートだと興奮気味に口を揃えて言うし、それからも色々と聞き出された。加えて、平日最終日の夜には三人で閉店ギリギリまでメンズ向けの服屋さんへ買い物に行ったくらいだ。
妹と母親の前でファッションショーをさせられるとは思わなかったが、最終的に今着ているものに決まったのである。
そして今日がその黒木さんとの約束の日。
女性と会うならちゃんとした服装をって、二人から言われたから買い物にも従ったけど、本当に似合っているのだろうか。
「黒木さんも普段と違う格好してくるんだからちゃんと褒めてあげなよー」
「……そういうものなの?」
「そういうものなの! このやり取り二回目!」
食い気味に由花に指摘され注意を受ける。
確かにお互い学校での制服姿しか見た事ないから、黒木さんがどんな服を着てくるかなんて想像がつかなかった。
改めて僕の人生経験の無さを後悔させられた。
「ねぇ、由花。やっぱりギャルゲーとかも通ってくれば良かったのかな?」
「何言ってるのお兄ちゃん。ちゃんとリアルで恋愛はがんばりなよ……」
普段オンラインゲームばかりしている事を悔いたけれど、どうやら関係ないらしい。
「そういえば母さんは?」
「町内会の集まりで先に出掛けたよ」
「そっか」
出掛ける前に黒木さんとの事で色々言われそうな気がしたから助かった。
出発前から疲れるようなことは避けたい。
「うん、さすが私! 予算も余裕あったし満足のいく物が買えたよね」
由花はもう一度僕を上から下まで観察してそう言った。
「予算って、全部僕のバイト代なんだけど……」
「自分の服なんだから当たり前じゃん!」
まさか今時の若者の服があそこまで良い値段をしているとは思わなかった。
ゲームソフトなら平気で数本買えた金額を思い出す。
「それに靴も。わざわざ新しいのを買わなくったって」
「何言ってるのお兄ちゃん!」
玄関に並べられている服と共に買ったスニーカーの事を話すと、由花が掌を僕に見せて止めさせる。
「あの黒木さんとのデートなんだよっ! それに見合った格好しないとダメじゃん!」
「母さんにも言ったけど、ただ一緒に出掛けるだけだよ?」
「学生が異性の友達と休日に出掛けるのは世の中じゃデートっていうの!」
「付き合ってないのに?」
「そうだよっ! てかお兄ちゃんの恋愛観って本当に幼稚園児並みだよね」
ガーン……。そこまでなのか、僕の恋愛への知識というものは。
「はぁ……、最近は小学生だって付き合ったりもしてるのに。私お兄ちゃんが心配だよ」
「嘘⁉︎ 最近の小学生ってそんなに進んでるの! もしかして由花も……」
「いや私彼氏いた事ないし……ってバカっ!」
「いだっ!」
何故か背中に回し蹴りを喰らわされる。
でも良かった。
三つ下の妹とは言え、由花はまだ中学二年生。先に越されたらそれこそ立ち上がれない。
「それよりも! 黒木さんと駅で待ち合わせてるんでしょ。そろそろ出掛けたほうがいいんじゃない?」
「確かに、待たせる訳には行かないよね」
「ほらほら早く」
由花に急かされて、僕はすぐに玄関で靴を履き、家を出る支度をする。
「それじゃあ、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい。お土産話し期待してるからねー」
僕は由花に見送られて自宅を後にした。
これ、帰ったら質問の嵐なんだろうなぁ……。
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