第9話 仲良し?

 

「それとなかなめ。お前を選んだのにはもう一つ理由があるんだ」

「まだあるんですか?」


 さすがにもう断るつもりはないけれど、他にも理由があるというのなら聞いてみたい。

 一体他にどんな決め手があったのだろう。


「お前、みさきと仲が良いみたいじゃないか」


 先生から出たもう一つの理由とは、今朝クラスの皆が騒いでいた話題そのものだった。


れいちゃん……。今日話した事は」

「あー、違う違う」


 黒木くろきさんが何か呟きかけた事に先生は片手を顔の前で振るそぶりを見せる。

 何か否定しているみたいだけど。それが何かは僕にはわからない。


「今朝のHRホームルーム前に教室で盛り上がってた話しが廊下にも聞こえてきたんだよ。あの時はチャイムも鳴ってて廊下には、あたし以外誰もいなかったからな」

「もしかして、それで僕を?」

「ああ。女子の方は他にも何人か帰宅部の奴がいたんだが、最初に岬に実行委員の事を話したらやると言ってくれた」

「黒木さんが……」

「それに、お前とも一年の頃同じクラスだったと聞いてな。顔見知りの方がやりやすいだろう」


 僕が彼女の方を見ると、顔を背けられる。

 やりやすい……のだろうか。

 現に僕が彼女と会話らしい会話をしたのは昨日が初めてだし、仲が良いと言うほどでもない気がする。といっても、他の女子の中に候補がいようと関わりのある女子なんてうちのクラスにはいないのだけど……。


「でも、僕たち言うほど仲が良いってわけじゃ……」

「……っ!」

「へ?」


 それを聞いた黒木さんが僕の方へと振り返る。

 僕はそんな彼女の表情に心が痛んだ。


「うっ……」


 捨てられた小さな仔犬ような目で僕を見つめてくる。その瞳はうるうると潤んでいて、今にも涙が溢れ出してしまいそうだ。


「いや! ま、まぁ仲が悪いわけでは無い……と思いますけど」

「……!えへへ」


 今度は目をキラキラとさせた明るい表情で黒木さんは僕を上目遣いで見つめてくる。

 まさに、にわか雨でも降ったかのような彼女の表情の移り変わりには驚かされる。

 少なくとも、僕との仲について黒木さんの中では既に友好的なものになっているらしい。


 黒木さんってこんなに表情も豊かだったんだな。

 僕は黒木さんの無口で無表情を浮かべる教室での彼女しか知らなかったんだと改めて気付かされる。

 そもそも、今の黒木さんにはそれを向けられる友達がクラスにはいないって事……なのかな?


「その様子なら大丈夫そうだな」


 何が大丈夫なのか分からないけど、先生は僕の答えを聞いて安心したようだった。


「ていうか。いつの間に二人で実行委員の話しをしていたんですか? 今日は高森たかもり先生の授業はありませんでしたよね」


 僕は話題を戻して実行委員を決めた流れについて問う。


 高森先生の担当科目は現代国語。

 今日はその授業がなかったから、文化祭実行委員の話しをする暇なんてなかったはずだ。

 もしも朝のHRの時に黒木さんが立候補をしていたのだとすれば、その話題でもっとクラスでは騒がれていてもおかしくない。


「今日の昼休みにな。ちょろっと話したんだよ」


 それを聞いて、先ほどの二人の会話を思い出す。


 そういえば、さっき黒木さんが昼休みにしてた話しと言っていたような気がするな。


「玲ちゃんとは……、たまにお昼を一緒に食べるんだ」


 黒木さんも補足して説明してくれる。

 黒木さんは目立つし、僕も話した事はなくても教室内でつい目で追ってしまう事も一度や二度じゃない。けれど、お昼休みをどう過ごしているかまでは知らなかった。


「と、いうわけで。改めて実行委員やってもらえるよな?」

「僕は良いですけど……。黒木さんは僕で良いの?」


 そう聞くと、黒木さんは大きく首を縦に振った。


「うん。要くんがいい」

「そう?」


 男女一組でやるわけだけど、僕は役に立てるか分からない。

 でも、黒木さんが良いのであれば力になれるよう頑張ってみよう。


「分かりました。やれるだけやってみます」

「よし、決まりだな! 頼んだぞ二人とも」


 そうして、僕と黒木さんは文化祭の実行委員を引き受ける事になったのだった。


 ……今更だけど、これってまたクラスで僕と黒木さんの話題で騒がれるパターンではないのだろうか。

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