第8話 文化祭実行委員

 

「ちなみに拒否権はないからな」


 そう笑顔で歯を覗かせる高森たかもり先生を前に、僕は絶望感に満ち溢れていた。


「ど、どうして僕なんですか!」


 なぜ僕が文化祭の実行委員とやらをやらなくちゃいけないのか。その事実に疑問があがらないわけがなかった。


「朝のHRホームルームで話しただろ。部活に入っていない生徒の中から選ぶって」

「そ、そんな……」


 今朝は色々とありすぎて、HRで話された事なんて正直聞いてはいなかった。それも記憶に残らない程に。

 まさか、僕にとって生死に関わるようなそんな重要な話しになっていたとは。

 帰宅部の僕にとってはゲームが部活みたいなものなのに……。


「もしかして聞いていなかったのか? 仕方のない奴だな」

「あの、出来ればその件は丁重にお断りさせて頂きたく思うのですが」

「なぜだ?」

「僕、こう見えて結構忙しくて……」


 今日も早く帰ってゲームとか、ゲームとか。そしてゲームとかをしなくてはならないわけで。

 要するに、僕の予定はゲームでいっぱいなのだ。


「あぁ、もしかしてアルバイトの事を気にしているのか?」


 すると先生は、僕のしているバイトについて持ち出した。


「その心配はいらないぞ。お前のバイト先には先生が直々に電話して店長さんと話しはつけてあるからな」

「えぇっ! そんな勝手に……」

「勝手も何も学生の本分は勉強。もちろん学校行事だってそれに当てはまる優先すべき事だろう。だからこそ、うちの高校ではアルバイトを始める際に学校へ申請書を提出するよう義務づけているのだからな」


 僕は高校に入学してすぐに今のバイトを始めた。

 確かにその時、学校へ申請書の提出をするためにアルバイトをさせてもらうスーパーの店長にもサインをもらったし、バイト先の情報も申請書内に記入した覚えがある。

 まさかこういう事のためにも用いられるとは思わなかった。


「で、でも急にバイトを休むわけにも」

「店長さんからは明日のシフトを最後に、文化祭までは有給と学業優先の為の休暇って事でシフトを組んでもらっている」

「という事はつまり……」

「文化祭が終わるまではバイトの事を忘れてこっちに専念できるってわけだな」


 店長ーー‼︎

 ついそう叫びたくなった気持ちを抑えて一気に明日からの学校生活に憂鬱になる。


 次のバイトは明日の夕方からだ。

 そこで次週以降のシフトを発表される予定だったのに、まさか高森先生の手が回っていたとは。


「まぁ、来月のバイト代はほとんど出ないだろうがそこは理解してくれ。お前のバイトをする理由も家の金銭的な事に関わるものなら強制はしなかったけどな」


 うししっ。と随分と悪い笑い方をする先生。

 その手には僕が去年提出した申請書があった。

『自分の趣味やお小遣いのため』。それが僕がアルバイトをする理由の欄に記載した内容だ。

 今思えば、こんな理由でも許可してくれるゆるい学校だと思っていたのに。こういう場面では厳しいのだな。


 先生の言う通り僕の家はそれなりに裕福で、お金に困っているわけではない。中には学費にてるためという理由でバイトをする生徒もいるようだが僕は違う。

 だけど高校生になったのだから自分の周りの物や趣味の物を買うのにお小遣いが必要なら自分で稼ぐよう親に教育されているのだ。

 両親共に僕と二つ下の妹には優しいが、そういう社会的な勉強もしてほしいと思ってそう言い出したのだと。アルバイトを始めて気付いたのである。


「はぁ……」


 もう逃げられない事を悟った僕は大きな溜息をついた。


「それにしても、どうして僕なんです? 他にも適任者は沢山いたんじゃないですか。例えば新太あらたとか」

三谷みたにか? あいつは駄目だ。言っただろ、部活に入っていないものから選ぶと。三谷はバレー部のエースでリーダーシップもあるがそういう奴は体育祭実行委員に相応しい」

「……じゃあ。文化祭実行委員の候補が帰宅部から選ばれるのは」

「お前みたいに普段活発的じゃない奴にも学校での活躍の場を提供するという考えもある」

「やっぱり……」


 それなら僕が選ばれた理由にも納得がいく。

 どうりで僕に先生が目をつけたわけだ。


「あとはうちのクラスの男子で部活に入ってないのお前だけだからな」

「じゃあ最初から決まってるようなものじゃないですか! レアキャラがガチャで当たるくらい確定演出じゃないですか!」

「まーまー、そう怒るな。それと先生はゲームについてあまり知らないからお前の言う例えはわからん」


 悪戯な笑みを浮かべながら高森先生は僕を宥める。

 はぁ、本当に今朝の僕は一切話しを聞いていなかったのだな。


「……かなめくん。もしかして私と実行委員やるの嫌だ?」

「えっ」


 僕が肩を落としていると、隣でずっと僕らの話しを聞いていた黒木くろきさんが口を開いた。

 その瞳はすごく悲しそうに僕を見つめている。


「いや、そんな事は……」


 そうだよな。黒木さんの前でこんなにも実行委員になるのを拒んでいたらそう捉えられてもおかしくない。

 なにせ、黒木さんは僕がゲームの時間を削られるのが嫌だなんて事は知らないだろうし。


「別に黒木さんと一緒にやるのが嫌とかじゃないよ」

「……本当?」

「うん。ただこういう事ってやった事ないから。不安ってだけだよ」


 うん、嘘はついていない。

 僕は現に実行委員やら学級委員など人の前に立ったりクラスの皆を指揮するような役職をやった事は一度たりともないのだから。


「……そう。なら良かった」


 僕の言葉に安心したのか。嬉しそうにはにかむ黒木さんの表情に胸が鳴った。


「私も不安だけど。要くんと一緒なら……いい」


 それ、他の男子が聞いたら色々と勘違いされそうだな。

 それにしても黒木さんにそう言われるのは悪い気がしない。


「ふっ」


 そんな僕と黒木さんを見て、先生が優しく笑ったような気がした。

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