第7話 呼び出しの理由

 

「あ……。かなめくん先に来てたんだ」


 僕が職員室にいる事になんの疑いもないという風に彼女は僕を呼んだ。

 それにしても、今日ほど彼女の声を聞いたのは初めてだろう。クールでボーイッシュな服装をするカッコいい印象の彼女にしてはだいぶ可愛い女の子らしい声をしている。

 って、そんなの失礼だよな。


「……?」


 僕がそんな事を考えている事を知らない黒木くろきさんは、どうしたのかとコテンと首を傾げる。

 えっ、何その可愛い仕草。

 おかしい、おかしいぞ。同じクラスで一年間やってきてこんな黒木さんは初めてだ……。

 いやまてよ。僕は確かに去年と今年とで黒木さんとは同じクラスだ。

 でも彼女がクラスメイトと話すところも、誰かと一緒にいるところもほとんど見た事はない。いつも一人でいるところしか見てこなかったんだ。

 もしかしたら、これが普段の黒木さんなのかもしれない。


「……要くん?どうかしたの」

「あっ、いえ何でもないです!」

「ふふっ……。どうして敬語なの?」


 黒木さんが小さな笑みを浮かべて笑う。

 か……可愛い。可愛いぞこの子。


「いや、僕らあまり話した事ないですし。……つい」


 特に言い訳も思いつかないので素直に答えると、黒木さんは。


「そんなに他人行儀……じゃなくても。……いいよ?」

「えっ」

「……だって、同級生だし。それに……、要くんとは一年の時から同じクラスだもん」

「黒木さん。僕と同じクラスって覚えて」

「覚えてるよー。あと、いつも一緒にいる……。二上にかみくん?」

三谷みたにだね」

「あっ、そうそう」


 幼馴染の新太あらたとは高校に入学してからも同じクラスで進級してからも一緒だ。

 新太とクラスが離れたのは中学一年の時くらいで、それ以外は幼稚園からずっと同じクラスで過ごしていた。

 どうやら、黒木さんも新太が一年の時にも同じクラスだったというのは何となく覚えてはいるみたいだ。

 思いっきり名前は間違えていたけど……。


「と、とりあえず。その三谷くん……の事は置いておいて……」


 新太よ。どうやらお前は置いとかれるらしいぞ。


「全然話す時はタメ口で……いいよ」

「わかりまし……。わかったよ黒木さん」

「うん!」


 朗らかな笑みを浮かべる黒木さん。

 相変わらず声は小さいけれど、まるで友達と会話しているような雰囲気が彼女からは伝わってくる。


「これは驚いたな……」

「先生?」


 僕と黒木さんのやり取りを傍観していた高森たかもり先生が口を開いた。


「いや、みさきがこんな風に誰かと話すのを見たのは随分と久しぶりだと思ってな」

「久しぶり?」


 先生の言葉に僕は疑問を覚えた。

 高森先生が担任になったのは今年からだ。

 それにしては今の口ぶり。だいぶ前から黒木さんの事を知っているかのような印象を受ける。


「……れいちゃん。呼んだのって、昼休みに言ってた話……だよね?」


 玲ちゃん⁉︎

 今黒木さん先生の事下の名前で呼んだのか⁉︎ この二人って一体……。


「そうだぞ」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 何やら話しが進みかけていたが、そんな二人を僕は止めた。

 二人も僕に視線を向ける。

 先生にこの場に呼び出された理由も充分気になるが、それよりも先に知っておきたい事が一つある。


「二人ってもしかして、知り合いなんですか? 随分と仲良さげな感じですけど」


 黒木さんが高森先生の事を下の名前で。しかも、ちゃん付けで呼んでいるともなれば、二人がただの生徒と先生の関係でない事は明確だった。


「ん。あぁ、要は知らないのか」

「もしかして、結構有名な事なんですか?」

「少なくとも他の先生方は全員知っているな。生徒の中にも知ってる奴はいるみたいだが」


 黒木さんもそれにコクリと頷く。

 中々話しが見えてこないが、先生方はともかく生徒達には周知の事実というわけではないらしいな。

 少なくとも僕の耳にも入っていない。


「岬とあたしは従姉妹同士なんだよ」

「えぇっ⁉︎ そうなんですかっ」


 高森先生から告げられたものは予想外のものだった。

 先生が自身と黒木さんを交互に指差し僕も目で追う。

 黒木さんと目が合うと頬を赤らめて視線を逸らされ、ポニーテールを揺らしながらソワソワとしている。


「た、確かに。どことなく雰囲気は似ているような……」

「ははっ、従姉妹同士だからな。姉妹ってわけじゃないからそんなに似てはいないはずだぞ」


 高森先生は笑いながら言った。

 先生の言う通り姉妹ではないから顔がそっくりという事はないが、クールな印象を受ける二人からはどことなく似た空気を帯びているように感じる。


「あたしの母親と岬のお父さんが姉弟でな。この子が小さい頃から知っているんだ」

「そういう事なんですね。すみません、家庭に関わる事だとは知らずに聞いてしまって」

「別に構わないぞ。さっきも言ったが知っている者はいるし、隠しているわけじゃないからな」


 そう言って先生は黒木さんを見ると、彼女も小さく頷く。

 でもどうしてだろう……。黒木さんの表情が少し曇って見えた。気のせいかな?


「それで本題だが」


 先生の言葉に再び我に返る。

 黒木さんも同様に高森先生へ姿勢を向け直した。


「お前ら二人には、うちのクラスの文化祭実行委員をやってもらいたい」

「……え」


 これまた先生から言い渡されたのは、僕とは無縁だと思っていたものだった。

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