第34話 そのパターンもあるの?
間接キスしてしまった。間接キスしてしまった。間接キスしてしまった。間接キスしてしまった。間接キスしてしまった……。
しかも、黒木さんが無自覚だったとはいえ、その前には食べさせ合いとかまでしてしまったんですけど!
ていうことは、結局何回間接キスをした事になるんだ? 最初に食べさせた時が一回目だから……。だ、駄目だ。簡単な足し算ができやしない。
「なんでそこまで気が回らなかったんだろう……」
確かに食べさせ合う行為もレベルは高いと思うけど、間接キスになる事までは考えが至らなかった。
僕はひとり、路上で頭を抱える。
元々黒木さんのうっかりした事からの始まりだったけれど、間接キスにまで発展させてしまったのは何を隠そう自分の使っていたスプーンで食べさせたこの僕自身なのだ……。
どう考えても、男の僕がやらかした罪の方が大きい。
「……はあ、黒木さん。めちゃくちゃ戸惑ってたな」
間接キスの後、僕が頭を下げて謝ると、『大丈夫! 私は気にしてないよ……』って、黒木さんは言ってくれた。
そもそもの原因は私だと黒木さんは言っていたけれど、その後の彼女は明らかに様子が変だった。
食後に運ばれたお水のお代わりを倒しちゃったり、店を出る前に鞄を席にうっかり忘れそうになったり。
気にしてるよな絶対……。
今は会計を済ませて、店を出たばかりのタイミングだ。
黒木さんはお手洗いに行っているのでこうして一人で待ちながら、盛大な後悔をしているところなのである。
怒ってはないと思うけど。僕が平然とあんな事したのは問題だよな……。
無自覚な事故、ほんと怖い。
これは本格的に男女のコミュニケーションについて、妹の由花から学ばせてもらうしかないな。
「そこのお兄さーん!」
あーあ。せっかく黒木さんと仲良くなれたのに、距離を置かれたりしたら嫌だな。
「ね! お兄さんってば!」
「…………はい?」
道の邪魔にならないように、通りの端でこじんまりとしていたはずの僕に、二人の女性が声をかけてきた。
二人とも髪を金に染めている。見たところ、大学生くらいだろうか。
「えっ、僕ですか?」
確かめるように自分を指差して確かめる。
「あははっ、そうだよ! お兄さん若いね、高校生くらい?」
派手目な格好をしているギャルと思わしき女性達が詰め寄ってくる。
こういう場合、大体がトラブルになる展開だと察しがつくけれど、まさか自分が遭遇する事になるとは。
「ちょっといいかな〜?」
「な、なんですか。僕お金とかそんなに持ってませんよ?」
いくら異性との関わりがない僕でも、お金をたかられて、はいそうですかで済ますほど落ちぶれちゃいない。
こういう人たちに絡まれた時はきちんと断る。そう相場は決まっているのだ。
「えっ、なにそれ?」
「あははっ、そんな事しないよー。むしろ逆」
「逆? ……って、えっ⁉︎」
一人の女性。金髪一号と呼ばせてもらおう。その彼女が、おもむろに僕の腕に抱きついて来た。
「ちょっ、離してくださいよ!」
「やだよー。ねっ、お兄さん暇ならアタシらに付き合ってよ」
え、なにこの状況! 知らない! こんな場面ゲームでも見た事ない!
「そーそー。奢るからさ、一緒にお茶しようよ」
奢る⁉︎ いや、そう言って僕に色々と奢らせる魂胆なのかもしれない。そうとしか考えられなかった。
「目的はなんですか!」
「何って、普通に逆ナンだよ?」
「ぎゃく……なん?」
逆ナン?
確か、男性が女性に声を掛けるのがナンパだからそれの逆って事かな。
そんな僕の考察とは裏腹にギャルはグイグイと身体を腕に押し付けてくる。
「だーかーら、お茶しよ?」
「な、なんでそうなるんですか! それよりも、何故見ず知らずの僕に!」
「え?」
僕の言葉に、二人はきょとんとした顔を見合わせる。
そして、そんなギャル達の答えは。
『カッコいいから』
「…………はい?」
思いもしなかった答えに、僕は一瞬体の力が抜けた。
「いやいや、僕なんて地味だしかっこよくないですよ!」
「地味? 全然そうは見えないけど」
「あっ」
そうだった。今は由花に勧められた服を着ているんだった。
「服はそうかもしれないですけど。か、顔だってそんな」
「普通に良いと思うけど。ねぇ?」
「ウンウン!」
なにを言っているんだこの人たちは! 僕がかっこいい? そんな事ある訳がない!
「ねーねー、いいから早く行こうよー」
「いや、僕は人を待ってるんです! だから他を当たって下さい!」
普通こういうのって、可愛い女の子が男に言い寄られるパターンなんじゃないの⁉︎
黒木さんがナンパされるのなら分かるけど、なんでよりによって僕が? 逆じゃない普通!
「人? もしかして彼女とか?」
「あー、お兄さんかっこいいから居てもおかしくないね」
「……!」
僕の待ち人に興味を持ったのか、強引に引っ張る腕をギャル一号が緩める。
「いや……、そういうんじゃない……ですけど」
「ならいいじゃん!」
しかし、僕の答えにすぐにまた強引に引っ張り出した。
いや、彼女じゃないからってこの場を離れていい理由にはならない。
僕は今、黒木さんと一緒に出掛けているのだから。
「ツレか友達か知らないけどさ。そんなの放っておいてアタシらと行こうよ」
「放っとくって……」
「絶対楽しくするからさー」
僕は一向に見逃してくれそうにないギャル達に頭を悩ませる。
とはいえ、変に逆らって怖い人たちが出てきたらと思うと、不安で仕方がない。偏見で申し訳ないが面倒なことに巻き込まれそうな想像を僕はしていた。
しかも、黒木さんが今は居ないとはいえ、戻ってきてこんな場面に出くわしたらどうなる事か。黒木さんに迷惑はかけられない。
仕方がない、たとえ何があろうとも、ここはビシッと僕が……。
「何してるんですか。やめて下さい!」
と決意を固めたところで、声が聞こえた。
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