第33話 間接的なアレ
僕は少し考えてから、抹茶ティラミスに目が釘付けの
「えっ、
「……よかったら。黒木さんも食べてみる?」
「いいの⁉︎」
バッと勢いよく顔を上げた黒木さんの目は、まるで子供が欲しいおもちゃを買ってもらえた時のようなキラキラとした瞳をしていた。
「うん。この辺りならまだ手をつけてないから、どうぞ」
僕はまだ形の崩れていない表面の部分を指差した。
しかし……。
「……」
「……」
あれ?どうしたんだろう食べないのかな?
「……んなっ⁉︎」
なかなか黒木さんがティラミスに手を伸ばさないのでどうしたのかと視線を向けると、黒木さんは両手をテーブルの上に置き、目を閉じて小さな口を開けていた。
「なっ……、え⁉︎」
「あー……」
これって、僕が食べさせてあげるって事!
いやいやいや、だってこういう事こそ付き合ってからやるものなんじゃないの!
「あー……」
「……んぐっ」
僕は息を飲み込んで心を落ち着かせる。
それに黒木さんをこのままにしておくわけにもいかない。
こんな無防備な彼女の姿を他の人に見せるのはなんか嫌だ。
これはもう、やるしかない!
僕はすぐにティラミスを掬い、左手を添えて黒木さんの口へと恐る恐ると運ぶ。
当然、元々黒木さんにあげるよう勧めたまだ手を付けていない部分である。
「……はむ」
口を閉じた黒木さんに合わせて、咥えられたスプーンをスッと抜いた。
それから、黒木さんは美味しそうにそのままもぐもぐと口を動かす。
小動物のようでこれまた可愛い表情を浮かべながら。
「……ふふっ、美味しい。ありがとう」
「う、うん」
何だろう。僕は今、とんでもない事をさせてもらえたようなそんな気がした。むしろ、重大な大仕事を終えたそんな達成感すら感じる。
「私だけもらうのも悪いから……。要くんにもあげるね」
「……え⁉︎ 」
すると今度は、黒木さんの方が自分の抹茶ケーキにフォークを入れてひと口分のサイズのケーキを僕の前に持ってくる。
「……はい。あーん」
「んな⁉︎」
あっという間に先程とは逆の構図ができてしまい。呆気に取られる。
もしかして、これも僕が知らないだけで最近の若い男女は付き合っていなくても、お互いの食べ物をシェアし合うのだろうか。
しかも、あの、あーんで!
「そ、それじゃあ」
向けられたケーキを拒む訳にもいかず、僕は身を乗り出してケーキを口で迎えに行く。
「あ、あー……ん」
僕の口からフォークが離れた事を確認してケーキを噛み締める。
ゆっくりと口を上下させるが、正直それどころじゃなくて味などは全く分からない。
「美味しい?」
「う、うん。美味しい……よ」
嘘である。いや、美味しいのだろうけど僕の味覚は今意味を成していない。
「……そっか。よかった」
「うん」
「あれ?」︎
「ん?」
黒木さんが再び自身のケーキを食べようとしたところ、黒木さんは手に握ったフォークを見つめている。
「あれ⁉︎」
それから僕の顔を見た黒木さんが突然、はっとした表情を見せた。
「私、今……」
黒木さんが自分のケーキと僕のティラミスを交互に見て何やら焦りだした。
この様子を見るに……。
「黒木さんもしかして……」
「ご、ごめんね。
黒木さんにしては珍しく早口だ。
どうやら、今現在起きた出来事について彼女は無自覚だった様子。
ていうか、
もし僕が自分の妹である
「あ、……あの、えっと」
それから、黒木さんの顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。もはや、パソコンが熱でショートしてしまう寸前のようだ。
「ティ、ティラミスに夢中になって……つい」
なるほど。一瞬意識がスイーツに向いた事で、そのいつもの何気ない先生との行動を僕にもしてしまった……。という事なのだろう。
それほどに黒木さんはスイーツに目がないらしい。これは新しい発見だ。
「ち、違う……の。要くんが嫌とかじゃなくて。むしろ……、って違う! あ、あの……ね。玲ちゃんと出掛けた時にしてる事を……その」
やはり、僕の予感は当たっていたようだ。
周りが見えなくなるほどにスイーツの誘惑はすごかったらしい。とはいえ、僕もそんな彼女に便乗したので同罪といえば同罪なんだけどね。
「全然大丈夫だよ。気にしないで」
「で、でも」
「別に食べさせ合うくらい……。結構恥ずかしかったけどね」
別に普通だよ。
そんな事を言えるとしたら、よほどのチャラ男だろう。
そういう輩と無縁の僕からしたら、なかなかに勇気がいる行動だったけどね。
「そ、それもそうなんだけど。さっきのは……」
「でも、高森先生の方がそういう事するのが意外だったかな。あまり想像つかないというか」
僕はそう言って、次は自分のティラミスを食べ進める。
うん、やっぱりこの抹茶のティラミスは美味しいな。味のバランスも良くて全然飽きる気がしない。
「か、要くんは、気にしない……の?」
「ん?」
僕が平然としていると、黒木さんが驚いた顔を見せる。
一体どうしたというのだろう。
「えっと、気にしない事はないよ? 今言った通り食べさせたり、食べさせられるのは恥ずかしいとは思ったよ?」
「う、うん。それは……、わかったんだけど。そうじゃなくて……」
「……えと、どういう事かな?」
僕は彼女の言う事が分からなかった。
今の話しの流れ的に、お互いに食べさせあった事を黒木さんはすごく気にしているようだ。
すると、黒木さんは僕のスプーンを指差した。
「だ……、だってそれ」
「これ? スプーンがどうかしたの?」
そして、先程よりも顔を赤くして事の真意が黒木さんから告げられる。
「わ、私たち。か、間接キス……したんだよ?」
「………………あ」
僕はようやく、自分が犯した大罪に気付いてテーブルの上にスプーンを落とした。
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