第32話 黒木さん、動きます
それから間もなくして、注文したメニューが運ばれて来た。
「おぉ……。美味しそう」
僕がそう言うと、
目の前のテーブルに置かれた抹茶クリームのケーキと抹茶ティラミス。
写真で見るよりも実物を前にすると余計に食欲がそそられるな。
続いて並べられたお茶からも湯気がたち、とても良い香りがした。
「食べよう……
「だね」
配膳が完了し、僕たちは手を合わせてスイーツに手を伸ばす。
ティラミスにスプーンがスッと入り込み、その柔らかさが手をつたって伝わってくる。
まだ口に入れてもないのに、それだけでとても滑らかである事が分かった。
『いただきます』
僕たちは口を揃えて食べ始める。
スプーンで掬った抹茶パウダーのかかったティラミスをそのまま口へと運んだ。
「……美味っ!」
なんだこれ! すごく美味しいぞ。
僕は無意識に感想を口にしていた。
軽い口当たりからの想像以上な滑らかな舌触り。
濃厚なチーズの味と抹茶の香りが口いっぱいに広がる。
初めて抹茶のティラミスを口にしたけれど、洋風と和風の組み合わせがここまで合うものとは正直思わなかった。
こんなにも美味しい味を知ってしまっては、また食べに来たくなるに違いない。
普段からよく見るティラミスは若い子が好きなイメージがあったけど、この抹茶ティラミスはどの年齢層にも刺さりそうだ。
これだけ美味しければ、お店へのリピーターも多い事だろう。
「美味しい……」
もう一口食べてその味を楽しんでいると、黒木さんが小さな声で囁く。
その声を聞いて正面を見れば、彼女はとても幸せそうな顔を浮かべていた。
それから、喉を潤すように、手前のほうじ茶にも手を伸ばす。
僕はその美しい一連の動作をする彼女に、ただただ見惚れていた。
お茶を飲み、ふぅ……と、甘い吐息を吐く彼女からは色っぽさを感じる。
そして僕の視線に気がついた黒木さんと目が合った。
「あ……。そっちの抹茶ケーキも美味しい?」
「……うん。甘さも丁度いいし、お茶にもぴったり……だよ」
「そっか」
本当に美味しそうに食べている。
どうやら彼女もこの店のスイーツを気に入ったらしい。
「でも……、このスイーツを参考にするのは、難しそうだよね」
お皿に残ったケーキをチラリと見た黒木さんが言う。
うん。文化祭にこれだけのクオリティの物を出すのは、不可能だろうな。
「確かに一つ一つ手が込んでいるし、材料費から考えてもこういった商品は出せないかもね」
「……残念」
僕も黒木さんとは同じ考えだ。
いくら和カフェをやると言っても、それは文化祭の範囲内での話し。予算もそんなに多いわけではないのだ。
再現するとしても、せいぜいこの店の雰囲気を教室での装飾で似せる事くらいが限界なのである。
一種のプラシーボ効果のような物だ。
「要くんは、メニューについて……。どれくらい考えてるの?」
僕がお茶を一口飲むのを待ってから黒木さんに聞かれる。
「そうだね。飲み物は色々なレパートリーを用意できるとは思うけど、食べ物はせいぜい一品、良くて二品かな。あとはトッピングとかで種類分けをするしかないと、僕は思ってるよ」
「トッピング……」
僕は分かりやすく説明するためにテーブル脇のメニューをもう一度開いた。
「例えば、その一品をケーキにしたとしても、抹茶のクリームの他に小豆をトッピングで追加する……、とかね」
「なるほど。……美味しそう」
丁度あんみつのページを開いたから小豆をチョイスしたけれど、ケーキに小豆って合うのだろうか。
「……ん、ケーキ?」
「黒木さん 気になる事ある?」
「えっ」
「何か閃いたように見えたから」
「う、うん」
黒木さんが何か思いついたように呟くのを僕は見逃さなかった。
「パン……ケーキ、ってどうかな」
「えっ、パンケーキ?」
パンケーキってあれだよな。某SNSとかで人気のやつ。
「ホットケーキみたいな……。パンケーキなら、ホットプレートだけで作れるから手間も最小限……だし。そこに……」
「分かった。抹茶のクリームとかを添える!」
「……うん」
確かにそれなら良いかもしれない! いや、まさに名案だろう。
パンケーキは若い人にも人気があるし、ホットケーキ生地なら簡単な調理で誰にでもできる。それなら、看板メニューと名うってやるには申し分無いはずだ。
「それすごく良いよ! 洋風なパンケーキに和の要素である抹茶のクリームを載せた商品。トッピング無しにしても、万人受けするんじゃないかな」
「そ、そんなにかな?」
「うん、良いと思う。さっそく次の話し合いで提案してみようよ!」
「分かった……。要くんが言うなら、やってみる」
さすがは黒木さんだ。
この提案をクラスメイト達も納得してくれるのなら……。いよいよ出し物の完成形は見えたも当然だ。
僕はそんな事を考えながらもう一口ティラミスに手をつける。
出来る事ならこういったメニューも本当は出したいところだけど、出来るとすれば本当に和カフェを経営するくらいの大きな話しじゃないと無理なんだろうな。
それだけ今の僕は和のスイーツに対して興味をそそられている。
今は、一人のお客としてこの味を存分に味わう事にしよう。
「……ティラミスも、美味しそうだね」
「ん?」
スプーンを咥えたまま、味に浸っていると黒木さんが僕とティラミスを交互に見た。
その物欲しそうな視線を送る顔がとても愛らしかった。
「私も、食べてみたい……な」
「んん⁉︎」
だが、その次の言葉を聞いて僕の心の理性が崩れかかった。
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