第35話 黒木さんはというと……

 

 間接キスされちゃった。間接キスされちゃった。間接キスされちゃった。間接キスされちゃった。間接キスされちゃった……。


「うぅ……。変に思われなかったかな」


 一人になってからまだ数分。私は一人鏡の前で苦悩している。

 かなめくんにトイレへ行くと言ったは良いものの。本当は逃げて来ただけ。

 私は鏡で何度も前髪を直しながら、顔を林檎のように赤く紅潮させた自分と見つめ合う。


「しかも、私もしちゃったんだよね。間接キス……」


 むしろ、私から始めちゃったようなものだし……。

 れいちゃんと遊びに来た時の感覚であんな事しちゃったけど、まさか自分からしちゃうなんて。


「なんで逃げてきちゃったんだろう……」


 お店を出てすぐにここへ来たけど。お店にもお手洗いは付いてたし、不自然だったよね。

 それに、お店でも色々と迷惑かけちゃったし、変な子だって思われてたら嫌だな。


「嫌われたくない……か」


 自分の中にある。要くんへの気持ち、自分ではもう分かってる。

 要くんに助けてもらったあの日の夜から、私はずっと……、要くんの事を意識してる。


 だから、今日は文化祭のためでもあるけど、要くんともっと仲良くなれるチャンス!

 なのに……。


「どうして私は……。今こうしているんだろう」


 ただデートするだけじゃなくて、間接キスまでしちゃったのに。その後の事が全部駄目。

 せっかく休みの日に二人でいるのに、こんなんじゃ駄目……だよね。


「もっと明る……く」


 私は、鏡の中の自分の顔を見て言葉が詰まる。

 あの時の、からの言葉が脳裏をよぎった。

 ……ううん、分かってる。要くんはお母さんとは違う。

 それに、いつまでも昔のこと引きずってたってしょうがないよ。


 でも、要くんが昔の私を知ったら……どう思うんだろう。


「………!」


 私は雑念を払うように首を振る。


 ううん。とりあえず、いつも通りに振る舞おう。

 そうだよ、自分で言ったんだから。

 か、間接キスの事は、気にしてないって……。


「本当は気にするどころか、嬉しかったけど……」


 さっきの事を思い出して、私はまた自分の顔が熱くなっていることに気づく。

 それを隠すように自分の頬っぺたをほぐしてから、唇に指先で触れた。


 要くんもあそこまで謝る事ないのに……。


 同時に思い出す先程の彼の表情。

 

「要くんも、赤くなってた」


 だから、私の事全く興味ないってわけじゃ……ないんだよね。


 文化祭実行委員も一緒に頑張ってくれてるし、登下校も一緒にしてるし、今日のデ、デートだって私よりも早く来てたし。


「期待しても、いいのかな……」


 って、なに言ってるんだろう。高望みもいい所だよね。


「…………は、早く戻らないと」


 私は喫茶店で忘れかけた鞄を、今度は忘れないようにしっかりと持った事を確認してからトイレを出た。

 いつまでも戻らないと、要くんに心配をかけさせてしまう。

 それによってまた彼に気を遣わせてしまう事だけは避けたかった。


「……えっ」


 駆け足で要くんのもとへ戻る途中で、要くんが二人の女性と話しているのが目に入った。


「だ……、誰?」


 明るい髪をした派手な服を着る二人組。

 その佇まいから明らかに私たちよりも歳が上である事が窺えた。


 要くんの……知り合い?

 何か話しているみたいだけど、ここからじゃ聞き取れない。


「あっ……」


 そうこう考えているうちに、突然一人の女性が要くんの腕にしがみつく。

 それを見て、私の胸がチクリとした。

 やるせない感情に襲われ、どうしたらいいのか分からなくなる。


 あんなに密着してるし、仲良い人たちなのかな。一体どういう関係なんだろう。

 私だって、もっと要くんと仲良くなりたいのに。

 私はそう思いながら、少しだけ様子を見守った。


「…………」


 それにしても、いつまでくっついているんだろう。

 私だって、要くんとあんなにベタベタした事ないのに。

 …………間接キスはしちゃったけど。


「って、それとこれとは……話が別だよ!」


 私は先程同様に頭を振って思考を白紙に戻す。

 あの人たちと要くんが、たとえどんな関係であったとしても今の二人だけの時間を誰かに邪魔されるのはいい気がしなかった。


 独占欲……。

 我儘かもしれないけど、このままなにもしないのは私が嫌だ。


 私は覚悟を決めて、要くん達のもとへと足を進める。


「―――いいから早く行こうよー」

「僕は人を待ってるんです! だから他を当たって下さい!」


 近づくにつれて、三人の会話が聞こえてくる。

 何やら要くんは必死にその場から離れようとしているように見えた。


 それに、よく見たら要くん困った顔……してる? じゃあ、もしかしてあの二人は赤の他人なの?


 内心ホッとしたところで、再び我に帰る。

 でも、話しの内容からしてきっとナンパ……だよね。

 もし絡まれて困ってるなら、なおさら助けないと。


「人? もしかして彼女?」


 その言葉が私の足を止めた。


「彼女……」


 心の中でその単語が引っ掛かった。


「あー、お兄さんかっこいいから居てもおかしくなさそう」

「いや……、そういうんじゃない……ですけど」


 そうだ。私は別に要くんの彼女じゃ……ない。

 彼が言った事は本当で、要くんにとって私はただの友達。

 絡んでる二人に比べたらだいぶ関係値は上の方だろうけど、私が入っても余計に迷惑をかけてしまうかもしれない。


「友達……」


 私は要くんの事を大切に想っている。友達としてもだけど、一人の男の子として私は彼について考えている。

 だから目の前の光景を見て、私がしようとしている事は正解なのか。答えに迷っている。


 ……要くんは私の事を、どう思っているのかな。

 ただの友達が出しゃばって、もし迷惑をかけたりしたら。嫌われてしまうかもしれない。


「ならいいじゃん!」

「……あっ」


 心の中で葛藤していると、要くんの腕を掴んだままの女性が連れて行こうと強引に引っ張り始める。


 このままただ見てるだけ?


 誰に言われるわけでもない、そんな言葉が頭をよぎった。


 このままでいいの?


「よく……ないよ」


 全然良くない!

 要くんが私の事をどう思ってても関係ない。私の気持ちは変わらない。今はただの友達でもいい。だけど、私だってこのままは嫌だ!

 要くんの、特別になりたい。


 私は、止まった足を勢いよく前に進めて要くん達の間に割って入った。

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