第15話 どうして迎えに?


「そっか、僕の家は高森たかもり先生から聞いたんだね」

「……うん。れいちゃんがね……、メッセージで教えてくれたんだ」


 黒木くろきさんが見せてくれたスマホの画面にはうちの住所がそのまま載せられていた。

 先生も、黒木さんを家に向かわせるのであれば連絡一つくらいしてほしいものだ。


「要くんの家にも電話しててくれたから助かった」

「あ、そうなんだ……」


 どうやら自宅には一報をくれていたらしい。

 たぶん母さんか由花ゆいかが電話に出てくれたのだろう。


「そういえば、黒木さんはいつもこんなに朝早くから学校に行っているの?」


 僕の家での朝食を終えた後、僕と黒木さんは一緒に学校へ向かっていた。

 妹の由花に急かされて、いつもより早めに家を出た僕は、わざわざ朝早くから迎えに来てくれた黒木さんに聞く。


「……うん。今日は……、要くんの家に寄ったから少し早め……だけど」

「そっか。僕はいつもギリギリだから」

「ごめん……ね、いきなり家に押しかけて」

「ううん別に気にしてないよ。事前に連絡もしてくれてたみたいだから」

「……本当?」

「うん。でも、どうして今日は僕の事を迎えに?」


 隣を歩く黒木さんに、今朝の件について聞いてみる。


 家が近所だという事は知っていたけど、まさか一緒に登校する状況になるとはな。ただでさえ、昨日も一緒に下校するというビッグイベントに遭遇したというのに。

 ゲームで例えるならこんなゲリライベント本来なら喜ばれるべき事なんだろうけど。今の僕には正直不安もあった。


 なにせ……。


「ねぇ、あれってさ」

「えっ! 黒木さんと……誰あれ⁉︎」

「そういえば、なんか昨日噂になってたよね」

「あっ、それ私も聞いた」


 そう、ここはもう通学路なんだ。

 会社に向かうサラリーマンや犬の散歩をする近隣住民の他、同じ学校に向かう学生たちも沢山いる。

 その中で、普段一人でいる事で有名な黒木さんが他の誰かと登校している。しかもそれが男ともなれば注目されないわけがない。

 ただの一般生徒ならまだしも、クールな事でお馴染みのボーイッシュガール黒木さんは、その容姿から人気がある。

 だから今みたいに自然と視線が集まってくる。


「私とかなめくんは、友達だから」

「うん」


 しかし、今の状況をあまり気にしていなそうな黒木さんは普通に僕の質問に答えてくれる。


「…………」

「…………」

「…………」

「え、もしかしてそれだけ?」


 僕の言葉ににこくりと黒木さんは頷いた。

 なにか続けて言うのかと思っていたのに、最初の言葉が答えだったとは。


「……そっか」

「うん」

「…………」

「…………」


 えっ、リアルの友達同士ってお互いの家に迎えに行くものなのかな?


 僕には幼馴染の新太あらたくらいとしか登下校した経験はなかったけど、付き合ってもいない異性の男女でもこういう事をするものなのだろうか。

 いや、それは違うか。

 友人関係に乏しい僕でも、流石にそれくらいの区別はつく。


「黒木さんは、その、クラスの女子とか他の知り合いと一緒に登校とかはしないの?」

「……なんで?」


 黒木さんは首を傾げながら僕の顔を見る。

 彼女の大きく綺麗な瞳には僕の顔がはっきりと写っていた。

 やっぱりこうして改めて近くの距離で見ると、黒木さんって可愛いんだな。……って、今はそうじゃなくて!


「ほ、ほら、前を歩く女子とか。今信号渡ったバスケ部の男子なんかも同じクラスの人だけど、一緒に行こうとは思わないのかなって」


 今の感じを見ても。黒木さんは普通に人と話す事はできる。

 声は小さくて言葉数少ないけれど、昨日と今日とでそれなりに黒木さんとの時間を過ごした僕は、彼女が人と関わるのが嫌という訳ではないと知った。

 きっと、一人でいることも好きなんだろうけど。

 今日だって僕の事をわざわざ迎えに来てくれたくらいなのだから、僕が聞いたような事を考えていてもおかしくはないはずだ。


「……なんで、そんな事言うの」


 ぽつりと何か呟かれたけど、声は小さくはっきりと聞き取る事ができなかった。


「黒木さん?」

「……」

「ど、どうかしたの?」

「……別に」


 ぷいっ、とそっぽを向かれた。

 なんか黒木さんの機嫌悪くない?


「…………」


 僕の問いかけに答えないどころか、僕から視線を外して何やらムスッとした表情を浮かべている。小さく頬まで膨らませている様子。

 もしかして、なにか怒らせるような事聞いちゃったのかな。


「……ごめん黒木さん。普段誰と登校しようが黒木さんの自由だよね」

「えっ」


 僕は黒木さんに頭を下げた。

 いくら今僕らが一緒に登校しているからといって。黒木さんがどんな登校の形を望んでいるのかなんて黒木さんにしか分からない。

 黒木さんに誘われればきっと、誰でも喜んで一緒に登校するだろうけど、今までそういう事をしてこなかったのにだって彼女なりの理由があるはずだ。


 それを僕は……。


「だから怒らせたなら謝る。勝手に決めつけるような事言ってごめん」

「ち、違う……!」

「えっ、違う?」

「違う……の。さっきのは、そういうのじゃなくて……」

「そういうの?」


 黒木さんが焦ったように言った。

 こんな彼女を見るのも初めてだな。なんだか新鮮だ。

 だけど、どうやら僕の考えは違ったようで黒木さんは怒っていないようだ。


「私、そんなに友達いない……し。クラスの人たちも知ってはいるけど、一緒に登校しようとは……思わない」

「じゃあ、どうして今日は僕の家に?」


 結局のところ、僕が聞きたいところはそこだ。

 黒木さんは僕と友達だから朝迎えに来たと言っていたけれど。そのような使命的なものが友達との関係にない事くらい、黒木さんだってわかっているはずだ。

 だから、他にも理由があるのだろう。

 例えば、文化祭実行委員の事で相談があるとか。


「今日迎えに行ったのは、その、私が要くんと一緒に行きたかっただけ」

「……え?」

「だから、今回のは私の我儘で。ごめんなさい」


 黒木さんから聞かされたのは想定外のものだった。

 だってそんなの、世の男子だったらみんな勘違いするぞ。かという僕だって、そういったものとして今のは受け取ってしまうが。


 こんな風に会話をしていることだって、今までのイメージからしてみてもかなりすごい事だと改めて思う。

 意外と僕って、黒木さんに好かれている……のかな?


「ううん、気にしてないよ。僕も基本ひとりで登校してるから、誰かと学校行くのに慣れてないだけだから」

「でも……由花ちゃんが、要くんは朝に弱いって。だから、今日も無理して一緒に登校してくれてるのかなって……」


 あの妹……、余計なことを。

 でも僕は今回のことを迷惑だなんてこれっぽっちも思っちゃいない。それは本当だ。


「……じゃあ、これからも一緒に登校する?」

「……っ!」


 僕の提案に黒木さんの表情が一気に明るくなる。


「いいの? 私が登校する時間、普段の要くんよりだいぶ早いよ?」

「うん。早く起きる習慣もつけようと思っていたところだし丁度いいよ」


 でないと、由花がまた黒木さんが家に来た時に変なことを吹き込むかもしれないしね。

 僕の中では、黒木さんが今回に限らずまた明日以降も迎えに来るんじゃないか。そんな気がしていた。


「もちろん、黒木さんさえ良ければだけど」

「……私」


 黒木さんと視線が交わる。


「私、これからも要くんと一緒に登校したい!」

「決まりだね。これからもよろしく黒木さん」

「うん」


 隣にいる黒木さんは小さく微笑む。


 朝起きる時間が早くなるくらい、どうってことない。

 強いていうなら起きるためにも、夜のゲーム時間を多少なりとも削らないといけないかもしれないけど。彼女との時間が増えるのは僕としても素直に嬉しい。

 黒木さんが僕なんかと一緒に登校したいと言ってくれるのなら、それを叶えてあげたい。

 これは頼まれたからとかじゃなくて、僕自身がやりたい事なんだから。

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