第14話 家族の空気

 

 お母さんが、いない……。


 その一言だけで、黒木さんの家庭が普通とは異なる事が理解できた。


 昨日は担任の高森たかもり先生も加えて少し家庭の話しにも触れたけど、そこまでの事情とは知らなかった。

 教師と生徒の関係でも従姉妹同士の二人。

 先生が黒木くろきさんを気にかけているのって、これもひとつの理由なのだろうか。

 いや、余計な詮索はよそう。


 朝ごはんに家庭でおにぎりが出てくるのは珍しいと僕も思って聞いていたけれど。

 まさかそんな答えが返ってくるとは僕も由花も想像していなかった。

 その証拠に。


「ご、ごめんなさい。私、無神経な事聞いちゃって……」


 由花も色々と思うところがあったようで反省の表情を浮かべている。

 ここは兄としてフォローした方がいいかもしれない。


「黒木さん由花も悪気があったわけじゃないんだ。ただ……」

「うん、分かってる……よ。由花ちゃんは、普通にお話ししてくれようと……したんだよね? ありがとう」

「うぅ〜。黒木さ〜ん!」

「わっ⁉︎」


 非礼を詫びる由花に対して優しい言葉をかける黒木さん。

 そんな彼女に感極まったのか、由花がガバッと抱きついた。


「……ふふっ。私にも由花ちゃんみたいな妹がいたら……、きっと毎日……楽しいんだろうな」

「……っ!なります! 私黒木さんの妹に! お兄ちゃんを家から追い出してでも」

「おいこら」


 何やら妹が変な事を言い出したので突 ツッコまずにはいられなかった。


「あ、お兄ちゃん。まだいたんだ」

「そりゃあいるよ。自分の家なんだから」


 せっかく僕が気を遣ってあげたのに、この妹ときたら勝手にいないもの扱いしてくるとは。 


「……美味しい」


 僕と由花のやり取りを静かに見守る黒木さんは、再び朝食を食べ進める。

 表情はいつもと変わらない気がするけど、どこか嬉しそうな感じがするし、まあいいか。


みさきちゃん」

「あ、はい!」

「岬ちゃんさえ良ければ、いつでも遊びにきてちょうだいね。いつでもご馳走するから」


 母さんがさっきの会話を聞いていたのか優しい声で彼女に言った。


「新太くん以外に真吾くんのお友達が家に来るなんて初めてで、私も嬉しかった。つい朝食のおかずまで増やしちゃったわ!」


 母さんの言葉を聞いて食卓の上を見れば、いつもの朝食に比べて豪勢だ。

 ご飯に味噌汁、焼き魚に加えて肉じゃがや野菜の和え物など。ザ日本人の和のテイストが存分に感じる面々が並んでいる。

 朝からこんなにも手の込んだ物を作るなんて。余程今日の母さんは機嫌が良いと見た。

 日頃の母さんもふわふわとした雰囲気漂う様子だけど。今朝はいつも以上に幸せそうなオーラを放っている。


 それはいいとして、今更だがクラスメイトの前で真吾くんと呼ぶのはやめてほしい。


「お母様。本当にお料理がお上手……なんですね。すごく美味しいです」

「あら! 嬉しい事言ってくれるのね岬ちゃん。もう毎日来てくれてもいいからね!」

「んなっ⁉︎」


 い、いつの間にか僕の家族の黒木さんに対する対応がただのお客さんの域を超えている。

 僕の知らぬ間に一体何があったというのだ。

 母さんも黒木さんの事を普通に名前で呼んでいるし。


「母さん、さすがにそれは調子になりすぎだよ」

「ほら、真吾くんもご飯食べて。よそったから」

「聞いてないし……」


 うちの母と娘は二人揃って僕のツッコミをさらりと躱す。

 代わりにキッチンカウンターからお米をよそった茶碗を差し出された。


「はぁ……」


 どうしてこんな事態になっているのかは分からないけど、とりあえず受け取る。

 朝からカロリーを使わされてお腹も程よく空いてきたところだ。


「あれ?」


 僕は由花の正面に座り、ある事に気づく。


「母さん。いつの茶碗は?」


 最初に受け取った時には意識しなかったけど、日常的に触れている茶碗とは少し違う左手の感触に違和感を覚えた。

 すると案の定、普段使う茶碗とは違う物を渡された事に気づいた。


「それなら岬ちゃんが使ってるわよ。真吾くんのはお客さん用」

「普通逆じゃない?」


 何のためのお客さん用なのか。

 僕の持っているこの茶碗を黒木さんに使ってもらうのが普通ではないだろうか。


「えっ、じゃあもしかして他の食器類とかも?」


 それは色々とヤバい気がする。


「さすがにお箸までは間違わないわよ〜。関節キッスになっちゃうでしょ?」

「んなっ!」


 僕が敢えて口にしなかった事を堂々と!


「ごほっごほっ!」


 僕と母さんの会話を聞いていた黒木さんが咳き込む。

 それもそうだ。思春期真っ只中の僕たちにとってそういった話題は刺激が強い。


「あらあら」

「く、黒木さん大丈夫? 飲み物も飲んでね」


 空いたコップに飲み物を継ぎ足しながら僕が心配して声をかけると、ゆっくりとこくこくと頷いた。


「あーあ、朝からお腹も胸も一杯だ」

「由花は何を言っているんだ」


 うちの家族がいつも以上に朝から自由度高すぎて頭を抱えたくなる。


「そもそもなんで母さんは、出す食器を間違えたの?」

「いつも由花ちゃんの後に真吾くんのご飯をよそってたからつい間違えちゃったのよね。テヘペロ!」

「…………」


 ……最後の単語には触れないでおこう。

 母さんが言うことはつまり、由花の朝食の準備をしていたタイミングで黒木さんが家にちょうど訪ねてきて、朝食に誘う流れから僕の使っている食器に黒木さんの分をよそって振る舞ってしまったと。



「もう、ノリが悪いわよ真吾くん」

「いや、普通の反応だよ。それに起きたばっかりで頭が働かないというか、ツッコミ疲れたというか……」

「ほらっ、真吾くんのご飯冷めちゃうから食べましょ!」


 そしていつの間にか母さんの分の朝食も並び、朝を彩るメニューを中心に僕たち四人がテーブルを囲む。


「いただきまーす!」

「……いただきます」


 隣に座る母さんに倣い、両手を合わせて朝食を食べ始める。

 いつもより早い時間の朝食の筈なのに、こんなにもお腹が空いたのは初めての経験だ。


 朝から消費カロリーがエグすぎやしないだろうか……。

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