第12話 最悪な目覚めと最高の朝
「―――ちゃん!」
「―――ちゃんてばっ!」
その声はどんどんと大きくなり、やがてはっきりとした言葉に変わっていく。
「お兄ちゃん! 朝だよ!」
あれ? この声をよく知っているような気がする。
「お兄ちゃん! 起きてってばっ!」
「どわっ⁉︎」
身体に鈍い痛みを感じて、僕は目を覚ました。
そして何故か床に寝転がっている。
「いたたた……」
床に打ちつけられた背中をさすりながら上半身を起こして目を開くと、毎朝高確率で起こしに来る妹の姿があった。
「……
背中まで伸びた明るい茶色の髪を靡かせるように顔を左右に振る。
僕を起こすのも一苦労だ。そんな顔をしていた。
「もー! やっと起きた」
「起きたんじゃなくて起こされたんだけど?」
いつの間に僕の寝ていたベッドの上に上がっていたのか。由花は僕を見下ろすように仁王立ちしている。
妹よ、この角度からだと着ている制服のスカートの中から見えてはいけないものが見えてしまうぞ。
その、隠れた水色の布でできた何かが僕の視界には映る。
「由花。お願いだから兄ちゃんをちゃぶ台を返すように起こすのはやめてほしいんだけど」
現状を見るに僕はベッドの上で寝ていたところを由花の手によって落とされたらしい。
そんな起こし方をする人など中々居ないだろうな。
……僕の妹を除いて。
ちなみに、この起こされ方をされたのは一度や二度ではない。
「お兄ちゃんが起きないのが悪いよっ」
「だからって落とす事はないじゃないか」
「私がお兄ちゃんに危害を加えないで起こすのは声をかけて三回以内だもん」
この妹、堂々と起こす事に対して危害って言わなかった?
まぁ、いいか。それよりも三回以内って。どこのコールセンターだよ。
「ほらっ! 早く起きなよお兄ちゃん。今日からまた学校なんだから」
「ん? あぁ、そうだね」
土日を挟んで今日は月曜日。また新しい一週間がやってきたのだ。
昨日も一昨日もバイトで、週末は色々と忙しかったし。先週はあまりゲームもできなかったな。
僕は机の上に放置されたパソコンに目をやる。
結局楽しみにしていたソロでの探索にも臨めないまま今日を迎えてしまった。
パソコンが僕の事を「寂しいよ」とでも呼んでいるかのようなそんな気がした。
「……って、あれ?」
その机上に置かれた電子時計を見て、とある事に気がつく。
「どうしたのお兄ちゃん?」
由花も僕の様子に気づいたのか僕の顔を窺った。
「いつも起こしに来る時間より三十分も早いじゃないか。まだ少し眠れる」
僕は起こしに来た由花に抵抗する事を口にした。
すると由花は呆れた顔でため息をつく。
「お兄ちゃん……。もう起きたんだから、そのまま学校の準備しなよ」
「だってまだ眠れるなら寝たいよ。学校に早く行ってもする事ないし」
「もぉ〜、そんなんだから帰宅部のエースなんて呼ばれるんだよ」
「なんで由花がその呼び名を知っているの?」
僕の睡眠への口実を受け流す由花。
そんな妹から気になるワードが出た事を僕は聞き逃さなかった。
「
「あいつ……。僕のかっこいい二つ名をペラペラと」
「いや、正直めっちゃダサいよお兄ちゃんの異名」
「なぬっ!」
僕の気に入っている二つ名をダサい呼ばわりされた事に少なからずショックを受ける。
新太もこの前ゲーム脳がどうのと言ってたけどそれと関係があるのだろうか。
僕と新太が幼馴染であるように、僕の家と新太の家は近所同士。昔から家族ぐるみでの付き合いがある。
だから、どこかのタイミングで由花は僕が学校でなんと呼ばれているかについて新太に教えてもらったのかもしれないな。
「まあいいや。とりあえず僕はもう少し寝てから行くよ」
「そう言ってギリギリまで寝ちゃうんでしょ!」
「いやいや僕の体内時計を舐めないでくれよ」
「そんな物があるなら普段からとっくに自分で起きれるはずじゃん!」
僕の必死の抵抗にも由花は屈しない。
「大丈夫。今日は大丈夫な気がするから安心していいよ」
「もうっ! 起きなきゃ駄目なんだってば!
再びベッドに戻ろうとする僕の腕を由花が引っ張る。
「お客さんって僕に? そんな嘘ついたって僕は起きないよ」
「嘘じゃないよ! お兄ちゃんと一緒に学校に行こうって、クラスの人が迎えに来てるの!」
クラスの人? そんな人幼馴染の新太の事しか思い浮かばないけど、わざわざ迎えに来る事なんて滅多になかったけどな。
「新太がこんな早くに?」
僕はそれを確かめようと由花に聞く。
だが。
「違うよ! 女の人!」
「えっ、新太が女装して迎えに来たって事? いつの間にそんな趣味を……」
「だから新太くんじゃないよ! てか、そんな趣味持ってる新太くん私もやだし!」
「だって家にわざわざ迎えに来るのなんて……」
新太くらいしか想像がつかないんだけどな。
僕が動きを止めると、由花も腕の力を少し抜いた。
このまま寝てしまいたいけど、新太以外の来客に少々興味が湧いた。
「その人、名前なんて言ってた?」
「
「くろき? 」
「うん。黒いパーカー着てるかっこいい感じの人だった」
「くろき……。パーカー?」
僕は朦朧とする頭の中で、由花の言った特徴を繋げていく。
「ん? 黒木……って。いや、違うよな」
「お兄ちゃん何ブツブツ言ってるの」
僕の頭の中には、ある一人の女生徒の顔が浮かんでいた。
「由花。その人他に何か言ってなかった? それ以外でも話した事とかなんでもいいから教えてほしいんだけど」
「んー、お兄ちゃんと文化祭の実行委員やるって言ってたよ?」
「文化祭……って、はあああっ⁉︎」
由花が最後に口にした言葉で僕の中で確信へと変わり、眠たい目が一気に覚めた。
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