第5話 黒木さんの視線
クラスの全員が席に着こうとする
そんな中、数人の女生徒が黒木さんの周囲に集まった。
「ねぇーねぇー黒木さん!」
「…………?」
黒木さんは普段通りの態度で女生徒の声に耳を傾けた。
相変わらず言葉を交わす気は無さそうだけど……。
「黒木さんって
『はぁっ⁉︎』
僕を含めた教室内にいる全員。特に男子が大声で驚きを露わにする。
な、何でそうなるの!最近の若い子達は異性と挨拶を交わしたくらいで付き合ってると勘違いされるものなのか!
だとしたら、現代日本にはどれだけのカップルが……。
それどころか一夫多妻。いや、百彼氏百彼女の関係があってもおかしくは……。
って、僕は何を言ってるんだ!
「ちょっと
すると、とんでも発言をした生徒以外の一人がそう言った。
「だって黒木さん普段全然喋らないし。何か特別な関係かと思うじゃん」
「確かにそうかもだけど……。いきなり付き合ってるかは攻めすぎだよ。それに相手は要くんだよ?」
「それでも気にならない?」
「確かに、私も黒木さんのクラスメイトへの挨拶とか聞いたの今日初めてだけどさ」
「でしょでしょ!」
何やら会話が盛り上がっている事が窺える。
頭を抱えたくなる出来事に苦悩しながらも、女子達の方へ視線を向けた。
黒木さんも驚いたという顔をしている。
「……」
数秒の沈黙の末に黒木さんはふるふると首を横に振った。
「付き合ってないって事?」
その質問にこくりと黒木さんは頷き返す。
まぁ、それはそうだよね。
「じゃあ、友達?」
「…………」
さらに問いかけられ、黒木さんは考える素振りを見せた。
その答えを待つ間、クラス中の視線が彼女に集まる。
僕個人としての意見からすれば友達……とはいえないだろう。
一年の頃から同じクラスだったとはいえ、今まで話したことすらない。だから、一言で言うのなら「ただのクラスメイト」。
それが僕と黒木さんの関係を表す妥当な答えだろう。
僕自身そう彼女が答えるだろうと予想していた。
しかし。
「……たぶん?」
「え」
思わず黒木さんから出た答えに、声を漏らす。
『な、何だと〜!!』
次の瞬間。クラスの男子達の声が教室内に響く。
その多種多様な反応を体で表現する男子達に黒木さんは目を見開いた様子だ。
「やっぱ仲良いのかよ!」
「いつ、いつからだ!!」
「おい要! 俺たちも紹介しろ!」
続け様に今度は僕の席を囲むように男子が押し掛ける。
僕だっていつからそういう関係になったか知りたいくらいなのに。何も答えようがない。
「ぼ、僕だって分からないよ!」
「くっそ〜。女子に興味なさそうなのに抜け駆けしやがって!」
「俺も友達になれるかな?」
「いや難しいだろ。何度撃沈してきた事か」
「そんな黒木さんが友達認定するなんて。何でよりにもよって要なんだー!」
僕の決死の意見は掻き消され、どんどんと話しが大きくなっていってしまう。
認定ってなんだ?
『黒木さんの友達』みたいな立派な称号のような資格でも存在するのだろうか。
「なぁ、
「それは……」
幼馴染の
彼の言う通り黒木さんは顔も整っているし、普段の黒パーカーを羽織った制服姿もとてもオシャレだ。
僕だって黒木さんについて聞かれれば、普通に可愛いと思うのが素直な感想だ。
おまけに無口でクール属性だなんて、男子の人気を集めるであろう要点も十分に兼ね揃えられている。
まさにそんな子とお近付きになれる事自体。この上ない喜びなのだろう。
つまり、そんな彼女に挨拶された僕は皆にとって羨ましい存在なのだろう。
彼女自身学校で一番の人気……。って事ではないかもしれないが。周囲の反応は見ての通りだ。
それよりも彼女の特徴でもある無口という点が、この騒動に大きく関わっている事は間違いない。
「なぁに朝から騒いでるんだー。さっさとHR始めるぞー」
僕と黒木さんの事でクラス中がざわつく中、黒木さんに次いで教室に入ってきたのは担任の先生。
「けど先生〜」
「ほら席に着けー。成績落とされたいかー」
女性にしてはタイトな正装に身を包む姿の先生の言葉に渋々席へと生徒達が戻り始める。
これはしばらく色々と噂されそうだ。
今後について考える僕に対して、黒木さんはどう思っているんだろう。
それにしても、なんで僕と友達だなんて……。
「……!」
ちらっと彼女の方を見ると、黒木さんと目が合った。
あ……。
すると僕の方を見て彼女は、頬を染めてニコッと笑い返す。
その初めて見る彼女の表情にドキッと胸が高鳴った。
無視するのも気分悪く思った僕は軽く会釈をして教壇の方へと視線を戻す。
な、何だあれ何だあれ!
……黒木さんってあんな風に笑うんだ。
突然の事で顔が熱くなる。
その後のHRの内容は全く覚えておらず、先程の黒木さんの表情で頭が一杯だった。
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