第48話 抱えていたもの

 

「うん、美味しい。お腹も空いてたからさらに美味しく感じるよ」


「よかった……。これなら本番も大丈夫、だよね」


「もちろん。ていうか、僕もこれ作れるようにならなくちゃいけないんだよね。ハードル高いな」


「大丈夫……。私が教えるから」


「ありがとう。それは助かるよ」


 作った本人が教えてくれるというのなら、これ以上に心強いものはない。


黒木くろきさんは家で料理とかするの?」


「うん。お父さんが仕事でいつも帰りが遅いから、家での家事は私がメイン……だから」


「すごいな。僕なんか母さんと由花に任せっきりだからなー」


 黒木さんは今、お母さんと暮らしていない。

 その事を考えると家事を任されるのって大変なんだろうな。


「そんな事……ないよ。それに、私も要くんから教わる事……沢山あるから」


「えっ、なに?」


 僕に黒木さんの見本となれることなんてあるのだろうか。


「ゲーム……とか」

「あー、それは」


 胸を張って誇れる事じゃないんだよな。

 料理を教えてもらうのと、ゲームを教えてもらうのは差がありずぎると思う。


「そういえば。私も、ブレイズワールド始めてみたよ」


 そんな事を考えていたところ、黒木さんがそのままゲームの話題を切り出した。


「ほんと! 早いね、もう雑誌読み終わったんだ」


「うん。でも、今は文化祭の準備もあるから……チュートリアルしかしてないんだけど」


「そっかぁ。じゃあ、文化祭が終わったら一緒にやらない?」


「うん……! やる!」


 僕の言葉に黒木さんの表情がさらに明るくなる。

 文化祭が終わっても、この黒木さんとの関係がずっと続いていって欲しいと僕は願う。


 それから、書類と僕が食べた食器の片付けを終えて黒木さんと共に帰路へとついた。

 お互いの文化祭に向けての準備状況や、楽しみな事。それらについて話していた時、黒木さんが言った。


かなめくん」


「ん、なに?」


 つい話しが楽しくて、次はなんの話になるか期待していると。


「この前、要くんも会ったんだよね。私のお母さんに……」


「えっ……」


 突然の事に僕は言葉を失う。

 まさかいきなりその話題が振られるとは考えていなかった。


 僕は目を逸らす黒木さんに聞いた。


「急にどうしたの?」

「この前、和服の衣装を取りに……行った時。会ったんだよね、れいちゃんに聞いた」


 先生。プライベートな事って言っていたのに。

 でも、黒木さんは僕なんかよりも関係者なのだからこの話はしても問題ないか。


「うん、会ったよ……」

「玲ちゃんから、聞いた? 私の……両親の事」

「離婚の事は……聞いたよ」


 僕は彼女の反応を確認しながら話しを続ける。


「今はお父さんと暮らしてるんだよね」

「うん……」


 どうして急にこの話をしたのか僕には分からなかった。


「僕も、聞いてもいいかな」

「……」


 黒木さんは黙り込み首を縦に振ってくれた。


「黒木さんは今でもお母さんの事、好き?」

「…………」


 黒木さんは黙ったままだ。


 昨日高森たかもり先生から聞いた話がどうしても気になった。

 彼女がお母さんである冴島さんと会いたくない理由が知りないと思ってしまった。


 高森先生にも話していないというのに、僕に話してくれるわけない。そう思いながらも


「ごめん、今のは忘れ――」

「好き……だよ」


 微かに黒木さんの声が聞こえた。


「たぶん……まだ、好きなんだと思う」


 黒木さんは寂しそうな表情を浮かべながら言った最後の一言に、僕は耳を疑った。


「でも、お母さんは私の事……嫌いだから」

「ど、どうして。……っ!」


 その瞬間、黒木さんの目から涙が溢れた。

 そして。


「!」


 突然黒木さんは僕に身を寄せて抱きついてきた。

 抵抗しないままに、僕の胸に顔を埋め涙を流す彼女を受け止める。


「……辛い事。思い出させたよね」


 どうしていいかわからない僕は、できる限りの優しい力で胸の中にいる彼女の頭を撫でる。

 そんな事でしか、今の僕には彼女を慰める事は出来なかった。


 しかし、そういうと黒木さんは額を胸に押し当てたまま小さく首を振る。

 黒木さんがお母さんの話しを始めた時、こうなる事だけは避けたかった。

 だから言葉を選んで話していたのに、辛い事思い出させるような事を聞いて、結局泣かせてしまった。


 でも、彼女の力になりたい。

 その信念が僕の中にはあった。


「とりあえず、僕の家に……来る?」


 僕と黒木さんの家の方向は同じだが、学校からの距離だとうちの方が近い。

 泣いたままの彼女をこのまま帰すわけにもいかないし、先程から近くを通る通行人たちの視線が痛い。


 女の子を泣かすなんて最低。

 そんな目で見られている気がする。

 ……僕もそう思います。


 こんな姿を大衆の面前に晒したまま、ここに居続けるわけにもいかないので場所を変える事を提案した。


「…………」


 それを聞いた黒木さんも、一度僕からスッと離れて涙を拭った。


「…………うん」


 下を向いたままの黒木さんが小さな声でそう答える。

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