第47話 差し入れと衣装
黒木さんのお母さん……か。
高森先生と衣装を借りて来た次の日の放課後。
僕は一人、当日に向けての備品整理を行なっていた。
昨日学校に戻ってからは、いつも通り下校時刻まで作業をして黒木さんと帰った。
黒木さんからは和服店での事も聞かれず普段と変わらない様子で普通に一緒に帰るだけだったけど、本当にお母さんと会いたくないのかな。
僕の中ではモヤモヤが溜まっていく一方だ。
「黒木さんは……どう思ってるんだろうな」
黒木さんが和服店の店主、実の母親である冴島美沙子さんについて何か隠している事は確かだ。
けれど、家庭の事情に最近友達になったばかりの僕が首を突っ込んでいいものだろうか。
「本人に聞きたい……けど」
黒木さん今日も忙しそうなんだよな。
今日は男子の出番は殆どない。
当日接客に回る女性陣たちの衣装合わせが本日の活動のメインのため、僕は別教室で作業をしているわけだ。
手伝うって言ったってやれる事ないもんな。
いくら実行委員であっても、女子達に混ざってあの空間にいるのは居た堪れないし、先に帰った男子達からのバッシングも怖いからな。それになにより教室内で着替える事を考えたらむしろ邪魔だと思う。
「とりあえず備品はOK。あとは集計用の用紙くらいか……ん?」
机に広げた書類の中から文化祭の広告用紙を見つける。
一般公開もされるうちの文化祭には在学生の保護者達も参加する。この街にとってちょっとしたイベントでもある高校の文化祭は他にも多くの客が訪れるのだ。
うちの家族も例外ではない。母さんと妹の由花も来ると言ってた。実行委員を僕がやると聞いて絶対面白がっているんだろうな。
からかわれる覚悟だけはしておこう……。
「黒木さんの方は、お父さんとか来るのかな?」
お母さんはともかく、お父さんの方は一緒に暮らしているみたいだし来るかもしれないが、昨日の感じだとお母さんの方は来なそうだよな。
そんな事を考えながら、書類整理の雑用をしていると、突然教室の扉が開いた。
「あ、要くん……いた」
「え、黒木さん!」
「……?」
驚いた様子の僕を見て、黒木さんは首を傾げる。
僕が驚いたのには理由がある。
いつも見る黒木さんのトレードマークである黒パーカーが見当たらない。
それどころか、黒木さんは普段の制服とは全く別の格好をしていたからだ。
「ど、どうして黒木さんが衣装を!」
教室に入って来た黒木さんが着ていたのは、昨日僕と高森先生とで取りに行ってきた和服。そのうちの一つだった。
それを黒木さんが身につけてこの場に現れたのである。
緑が基調の紫ストライプ柄の和服。
それに袖を通した彼女は、まさに昨日の冴島さんの容姿とそっくりだった。
やっぱり親子なんだな……。
「あ……、あの。クラスの子達が私が着てるところ見てみたいって言われて……それで」
着せられたって事か。
黒木さんは僕と同じく実行委員だから当日は出し物以外にも僕と一緒に見回りの仕事等もする予定だ。
だからクラスで開く和カフェの手伝いはしても、店内スタッフとして衣装を着る予定はなかった。
だからこそ、黒木さんが衣装を着ているのにびっくりしている。
「すごく似合ってるね。……か、可愛い、よ」
我ながらなんてベタな褒め方なんだ。
でも仕方がない、最初にその姿を見てそう思ってしまったのだから。
「! あ、ありが……とう。要くんにも、見て欲しかったから。……よかった」
そう言って照れる黒木さんはやっぱり可愛かった。
相変わらず声は小さいけど、そんな彼女にもすっかり慣れたから問題ない。最後の言葉もバッチリ聞き取れた。
それにしても、似合うとは思っていたけど、まさか実際にその姿を見る事ができるだなんて。
クラスの女子の皆さん、グッジョブです!
「黒木さんがこっちに来たって事は、衣装の合わせとかはもう終わったの?」
「うん……。みんなはもう、帰っちゃったけど」
「分かった。教室の片付けとかは?」
「クラスの子たちが手伝ってくれて……。だから、大丈夫」
「そっか」
なら、あとは帰るだけか。
黒木さんが衣装の件を提案してくれたおかげで、うちのクラスは時間にだいぶ余裕がある。
衣装の合わせが終わったのであれば、今日は最終下校時刻前に帰れそうだ。
「僕もこの書類片づけたら帰れるから、一緒に帰ろうか」
「う、うん。要くん、あのっ、これ!」
黒木さんが僕の前に来てある物を差し出す。
「ん? あれ、それって」
皿の上に置かれた一枚のパンケーキ。
表面には抹茶のクリームが添えられている。
「もしかして、和カフェで出すパンケーキ?」
「うん。要くんまだ味見、してないよね」
「あっ、そういえば」
昨日の試作品作りには参加できなかったから、実物を見る事自体、今が初めてだった。
「ごめんね。僕も手伝えれば良かったんだけど」
「ううん。要くんは和服取りに行ってくれてたから。それに、三谷くんも頑張ってくれたし」
そういえば、昨日は試食を任されてお腹一杯食わされたって言ってたな。本来なら僕の役目だっただろうに。
新太には改めて何かお礼をしなくてはな。
「はい、要くん」
僕は黒木さんからお皿ごとパンケーキを受け取った。
「味見って事は、当日はこれでいくんだよね?」
「うん。完成品がこれ……。実はこれ、昨日私が作ったものなんだけど……」
「えっ、黒木さんが?」
「うん、家庭科室の冷蔵庫に……取っておいてたの」
「ありがとう。さっそく頂いてもいい? ちょうどお腹空いちゃって」
ずっと作業続きだったせいで、小腹が空いていたところだ。
しかも、黒木さんの手作りを頂けるなんて、これ以上の幸せはない!
「もちろん、ど……どうぞ」
文化祭当日は、僕も黒木さんも料理を作る裏方の係だ。
残りの数日で僕も作る練習をしとかないとな。
でも、さすがは黒木さんだ。シンプルな盛り付けかつ、お皿にチョコパンで描かれた模様がなんともオシャレである。
これくらいならなんとか僕にもできそうだ。
「いただきます」
黒木さんからフォークを手渡され、僕はパンケーキを一口サイズに切り離し抹茶クリームをディップして口へと運んだ。
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