第11話 友達になるには

 

 という流れで一緒に帰る事になったんだけど。

 高森たかもり先生の押しにも困ったものだ。


かなめくん。ボーっとしてたけど大丈夫?」

「う、うん。大丈夫だよ」

「……?」


 極力緊張を悟られぬように僕は黒木くろきさんに優しく答えた。

 そりゃあ緊張するさ。普段女子とこんな風に関わる事もないのだから。

 それに、あの黒木みさきさんだぞ!

 一生縁のないと思っていた女の子とこうして帰る事になるなんて、昨日までの生活では考えられなかった。


「あ」


 僕は頭の中でそう考えていると。

 昨日の事が脳裏を過ぎった。


「黒木さん。昨日は、あの後大丈夫だった?」


 今日これだけ黒木さんと関わっておいて。一度も昨夜の事について触れていない事を思い出した僕は彼女に尋ねる。

 昨日は黒木さんにお礼を言われた後すぐに立ち去られてしまったので、その後の事について僕は知らない。

 今こうして一緒にいるのだから、何事も無かったというのは分かるけど彼女の口から聞いておきたかった。


「うん、平気。昨日は本当にありがとう。助けてくれて」


 そうしてまた、彼女の小さな声でお礼を言われる。


「うん。まさか絡まれていたのが最初は黒木さんだって分からなかったけど。何事もなくてよかったよ」

「……私も、最初要くんだって分からなかった」


 どうやら、昨日は二人して街灯のある明るい場所に辿り着くまで互いに誰だったのか分かっていなかったみたいだ。


「でも、昨日の要くん。かっこよかったよ」

「んなっ……!」


 彼女にそんな事を言われるとは。

 つい変な声が出てしまったが変に思われなかったろうか。


「ご、ごほん! いや全然だよ。当たり前の事をしただけで」

「そんな事ない。あんな場面に立ち会ったら普通は関わろうとはしないよ。……要くんが来てくれなかったら、私今頃どうなってたか」


 それは確かに否めないな……。

 顔はよく見えなかったけど、黒木さん達に絡んでいた男子達の話していた内容を振り返ってみると、そう思わざるを得ないな。

 今はあの時助けに入った事を本当に良かったと思う。


「それに、友達って言ってくれた事が嬉しかった……」

「えっ」


 続いて述べられた黒木さんの言葉を聞いて僕は目を見開いた。

 僕に向けられた表情はどこか悲しげで、笑っていた。でも、この笑顔が無理をして作られたものだとすぐに分かった。


 職員室で彼女の色々な表情を見たからかもしれないな。


「でも、あの時は」

「分かってるよ……。私を助けるためについてくれた嘘だって。昨日は私だって事、分からなかったんだよね?」


 黒木さんは僕よりも数歩前に出て僕の方へと振り返った。

 それから。


「その……。ごめん、ね」

「ど、どうして黒木さんが謝るの」


 何故か黒木さんに謝られた。

 どうして……。彼女には助けた事に対して感謝はされても謝られるような事はないのに。


「私今日、クラスの人に……。要くんとの事を聞かれて、友達って言って……あれ?」

「うん。

「えっと、でも聞かれて頷いちゃったし!」


 元々小さな声がどんどん小さくなっていき、何やら最後はすごく焦りだしたぞ。

 小動物。まさにそういった現し方が相応しい動きをしている。


「あ、あはは……」


 あ、結局笑って誤魔化した。

 でもそういう事か。彼女が何を言わんとしているのかは予想がついた。


「ぷっ、あはは……!」

「な、何で笑うの……?」

「ごめんごめん。可愛くてつい」

「か、可愛い⁉︎」

「あ、いや。別に他意はないよ!」


 思わず出てしまった言葉に黒木さんが両手で顔を押さえたのを見て、すぐに訂正する。

 普段女子と話す時はこんな事は言わないのにな。

 そもそも、女子とこんなに話したのもいつぶりだろうか。

 オンラインではそれなりに他のプレイヤーとのコンタクトで話した経験はあるけれどリアルで話すのは別だ。

 こんなに話すのは子供の時以来かもしれない。


 はっ! もしかして新太にたまに言われるゲーム脳とやらとそれに近い思考を僕は今しているのか!


「要くん?」

「……あっ。だからその」


 頭の中で自問自答しているところで黒木さんに呼びかけられ現実に引き戻された。

 それから僕は思っている事を素直に彼女に向けて話す。


「黒木さんが謝ったのって。クラスの女子に僕と友達かって聞かれて肯定した事に対して……だよね?」


 僕の問いかけに彼女はコクリと頷く。


 やっぱりそうか。

 思い返してみれば、黒木さんは僕と友達かと聞かれて『たぶん?』としか答えていないけど、それは今朝クラスにいた全員にとってはイエスと捉えられる他ないからな。

 そのおかげで今日一日大変だったわけだし……。


「でもさ。もうそれは嘘じゃないよね」

「……えっ」


 黒木さんは僕が言うことに意外そうな顔をした。


「だって、文化祭実行委員を一緒に引き受ける事になって。今日もこうして二人で帰ってるしさ。さっき先生を交えて話してた時は友達と話してるのと同じ感覚だった」

「…………」

「これって赤の他人からは想像できない事だと思うんだ」


 僕の話しを黒木さんは黙って聞いてくれた。


「だからさ、もう僕たちは友達なんじゃないかなって。思ってたんだけど……」

「…………」


 僕の考えに対して彼女は俯き、何も言わない。


「あれ! 違う⁉︎」


 無反応なままの黒木さんを見て、次は僕の方がテンパってしまう。

 もしかして無鉄砲な事を言ってしまったのかと、心配になって彼女に尋ねた。


 友達ってどうやってなるんだっけ?

 幼少期はともかく。中学くらいに上がってから友達ができた事をよく思い出せない。

 ……そもそも幼馴染の新太あらたくらいしかリアルで絡む相手はいなかったけど。その新太でさえ僕以外にも友達はいて、関わっている所を何度も見てきたけど、どうやって友達になっていたんだろう。


 って、そんなこと考えてたってしょうがない。

 何となくだけど、友達というのは気がついてたらなっているもの。今の僕はそう思っていた。


「ううん。私たちは、もう友達だよね。……えへへ」


 しかし、どうやら僕の考えは間違っていなかったらしい。

 小さな笑みを浮かべながら黒木さんはそう答えてくれた。


「よろしくね。要くん……」


 黒木さんは、友達になった事の現れなのか僕の前に右手を差し伸べる。

 握手……。という事なのだろうか。


 えっ。僕みたいなのがその手を取ってもいいのかな?


「…………?」


 差し出された手に戸惑っていると。どうしたの? と言いたげな顔で小首を傾げられる。


 うっ! そんな風に見つめられたら応えないわけにもいかないじゃないか。


「……うん、これからもよろしくね。黒木さん」


 僕は彼女の手を優しく握って握手を交わす。


 手から伝わる黒木さんの体温と華奢な手の感触。

 黒木さんが浮かべる笑顔に対してちゃんと笑い返せているのか。すごく不安だった。

 手汗とか大丈夫かなとか、早く手を離した方がいいかなとか。色々と考えてしまう。


 結果、ものの数秒で握手を終えて。僕たちは止めていた足を再び進めた。


 僕も元々喋る方ではないから話題を出す事はそれからはなかった。

 道中ほとんど会話をしなかったのは無口な黒木さんらしい。

 けれど、時折視線を向けると普段の無表情とは違って柔らかな表情を浮かべていたのが窺えて内心嬉しくなったのは秘密だ。

 なにせ、彼女が他のみんなには見せない一面をこの日を境に知ってしまったのだから。

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