Part 1.2:Absence

1.2:Absence - Epi04

 結局、兄の晃一は、昨晩、家に戻ってこなかった。連絡なしに家を空けたのは、昨日が初めてである。


 それで、連絡もない、連絡もつかない兄の不在が心配になって、学校には、一応、顔を出してみたものの、全く、勉強だって耳に入らない状態の亜美だった。


 兄の晃一は大人なのだから、一晩くらい、夜明かしすることくらいあっても不思議ではないのだろう。


 だが、亜美の兄は、いつだって、どんな時だって、絶対に亜美に連絡してくれて、自分の居場所を知らせてくるから、いい女がいて、つい、忘れていた――などというトンマな反応をするはずもない。


 それだから、余計に、なんの連絡もない兄の不在が気になって、なにかあったのだろうか。なにか事件に遭ったのだろうか――と、今日は、一日中、心配し通しのままなのだ。


「お兄ちゃん……、どうしたのよ」


 休み時間に兄の携帯に電話をしてみたが、昨夜と同じように、留守電に繋がっただけだった。


「お兄ちゃん、今、どこにいるの? 携帯の電池切れちゃった? ――もう……、すぐ連絡してね」


 そう、留守電にはメッセージを残してはみたものの、兄の晃一からの連絡が、全く入ってこなかった。


 兄の不在が気がかりで、勉強にも集中できない亜美が学校にいても、何の役にも立ちはしない。

 だからと言って、家に帰って一人でうろうろ心配していても、それも、何の役にも立ちはしない。


 はあぁ……と、やるせなさそうに亜美の口から溜め息がこぼれていた。


 連絡のつかない兄には、連絡のつけようがないし、心配して家で待っていても、兄の居場所が判明するのでもないし、今の亜美には、本当にどうしようもない状況だった。


「アーミィ、どうしたのよ。暗いよ」


 授業を終えて、放課後、帰宅する亜美の隣で、親友のキャシーが亜美の顔を覗きこむ。


「どうしたのよ。一日中、溜め息ばっかりじゃない。――あっ、もしかして、アーミィのお兄さんに彼女ができたんでしょう。それで、イジメたくてもイジメられないから、困ってるとか?」


 亜美の超ブラコンは、昔から有名なことである。


「違うよ。そんなんじゃないよ」

「だったら、なによぉ。お兄さんとケンカしたの? それで、困ってるとか?」


 だが、亜美のブラコンの話は昔から有名ではあったが、亜美が兄とケンカするという話は、今まで一度も出てきたことがない。


 それだけに、



「初兄妹ケンカ!」



でもしたのかしら?――なんて考えているキャシーには、亜美の困りどころの問題を、絶対に亜美の兄絡みなのだろうと、毎回のことながら、推測をつけていたのだ。


「ケンカなんかしないよ」

「だったら、なに? 朝からずっと暗いよ。どうしたの?」


「お兄ちゃん……、昨日、帰って来なかったから……」

「えっ? 朝帰り? あのお兄さんが?――うわぁ、やるじゃない。それで、相手はどんな人?」


 はたから見ても、超シスコンで通っているあの亜美の兄が朝帰りとあって、キャシーの興味も最大限に引かれてしまう。


「違うって。昨日から――連絡がつかなくて……」


 それで、心配になって、どよーんと落ち込んでしまった亜美を横に、スキャンダルな話ではなかったのだと理解して、キャシーもすぐに真顔に戻る。


「仕事は? 仕事場に連絡してみたら?」

「お兄ちゃんの携帯に連絡したから……」


「でも――もしかしたら、携帯の電池切れ、とかさ? だから、仕事場に連絡してみたら? もしかしたら、研究のし過ぎで、寝過ごしたかもしれないじゃない」

「うん……」


 そうかなぁ……と、あまり信用している様子ではなかったが、それでも、亜美は自分の携帯を取り出して、兄の仕事場のスピードダイヤルを押してみる。


 トゥルルル――と、電話はかかっているのだが、何度もかかっている電話音が、全くさっきから変わらない。



「――はい、コウイチ・サトウです。ただ今、電話にでることができません。メッセージに名前と電話番号を残してください――」



 兄の声が聞こえたので、咄嗟に話し出しかけた亜美は、義務的な仕事用の兄の留守電に繋がってしまったことをすぐに自覚する。


 落ち込んだまま、携帯をしまう亜美を見て、キャシーもちょっと心配そうに覗きこんだままだ。


「いないの?」

「でなかったよ。留守電だったし……。――お兄ちゃん、どうしたのかな……」


 あまりに普段から、親友の亜美には、亜美の兄のことばかり話をされるキャシーだ。おまけに、あきれるほどのブラコンである亜美を知っているキャシーでもある。


 それでも、あの亜美の兄が、こんな風に亜美を心配させるようなことをしたことがないし、するような人にも見えないし、そんな兄でもないことは当の昔から知っている。


 だから、キャシーも、亜美の心配がただの心配しすぎだよ――と、軽く受け流すこともできないのだった。


「お兄さん、どこに行くか、アーミィに言わなかったの?」


 ううん……と、亜美は首を振る。


「どこかに出かけるなんて、一言も言わなかったわよ。そうじゃなかったら、夕食を作って、お兄ちゃんのこと……待ってないもん」

「そうだよねぇ……」


 うーん……と、キャシーも唸ってしまう。


 亜美に連絡なしに姿を消すはずもないあの兄だけに、一晩でも帰ってこないと、一体、どこに行ったのだろうか――という亜美の心配が、キャシーにもすぐに伝わってきてしまう。


「もしかして……、やっぱり、警察とかに知らせないといけないのかな」

「それは――そう、かもしれないけど……。でも、もしかしたら、今日は家に戻ってるかもしれないじゃない?」

「うん……」


 家に戻っているのなら、昨日はゴメンな、と亜美の携帯に電話がかかってきていたことだろう。


 それだけに、キャシーの返答にも、あまり親身さが欠けていた。


「警察は、うーん……と、まだわからないけどさ、もう少し、待ってみたら?」

「事故、だったらどうするの?」

「それは……」


 そんなことを聞かれても、キャシーだって事情が判らないのだから、なんとも言いようがない。





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読んでいただき、ありがとうございます。

Enkosi ngokufunda le noveli

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