2.2:Black in White - Epi23

「破壊後の監視は」

「現在の段階では必要ないと、判断されています」


 キャビンに戻ってくるかもしれないテロリストの心配をする必要もないようである。

 それなら、クインの仕事は断然簡単になってくる。


「ロシアに逃げ込んだ可能性は?」

「可能性はあります」


 その可能性があるのなら、さっさとその返答を出してくればいいものを、クインが質問してくるまで、一切、口を開かないコントロールの奴も、困ったものだ。


 こんな現場で、エージェントの適正や能力を試しているわけでもあるまいに、時間の無駄である。


 だが、頭だけで動いているコントローの連中は、打ち出された結果や統計を羅列するだけで、自らテロリストの立場になって考えたり、次の行動が、活動が――などと、エージェント達のように、起こりえる危険や状況を想定していくわけでもない。


 ただ、出された指示を羅列して、統計を羅列して、秒刻みで出された仕事内容を言いつけてくるだけだ。

 この手の傾向は今に始まったことでもないので、もうすでに、クインも文句を言うのだって面倒になってきている。


「ロシアに逃げ込んだのなら、それも確認しなくてはならないだろうな」

「ロシア行きの許可はおりています」


 だったら、さっさと、ロシアへの渡航手続きでも済ませていろよ――との文句も言ってやりたいものだ。


 その行為は、ただの時間の無駄だと、クインも(十重に) 理解しているが。


「仕事を終え次第、すぐ飛べる準備をしてくれ」

「了解」

「以上だ」


 そして、二人の会話はそこで終わっていた。


「さて、さっさと取り掛かるか」


 この程度のキャビンを吹っ飛ばす仕事など、クインにとっては朝飯前の仕事だ。


 特に、人っ子一人いない僻地なのだから、爆発音の心配をする必要もない。煙が上がろうが、真冬の暗闇では、誰一人、目撃者もでてこないだろう。


 この仕事は、随分、簡単な仕事だ。



* * *



「まだなのかな……」


 亜美の足元には、1m四方の四角く平らな平地が出来上がっている。

 さっきから、休みもせずに平らに雪を慣らし、踏み続けているだけあって、硬さも十分なほどだ。


 でも、暗闇で一人きり。ずっと、待ってはいるが、未だにクインの戻ってくる気配がない。


「まさか、テロリストに遭遇した……なんて、ないよね……」


 ないとは言い切れないが、クインはそこまでの心配をしていなかった。


 たぶん、今はテロリストらしき連中の気配がないというような情報を入手していたはずなのだ。

 それで、クインだって、キャビンがある方にさっさと突き進んで行ったではないか。


 亜美の足元は、ピクニックマットでも敷けば、ちゃんと平らに座れる場所ができている。

 雪の上で座ろうか。それとも、お尻が濡れてしまうから、我慢しようか。

 ずっと、何もせずに立ちっぱなしという状態も、かなりきついものなのだ。


「ん?」


 今、一瞬だったが、地鳴り――のような、地面がうごめくような音が聞こえたのは、亜美の気のせいなのだろうか。


 それで、息を潜め、シーンと静まり返ったその場で、耳を済ませてみせる。


 ズズッ――――


 今、亜美の気のせいではなくて、地面が揺れた!

 でも、地震なんてあるはずもない。アラスカ山脈なんだから。


 気のせいではなくて……地面どころか、周囲が揺れた。


「えっ……?!」


 暗闇の中では、一体、何が起こっているのか確認するのは困難だ。


 咄嗟に、亜美は自分のつけているゴーグルを持ち上げ、周囲を素早く確認してみる。

 だが、暗闇では、ほとんど視界が塞がれているも同然だった。


 また、足元が揺れた!


 それと同時に、静音なのに、それでも耳に――体に届いてくる渦めくような轟音と、震動が直に伝わってくる。


 数十メートル先の雪山と、木々の間から――雪埃が舞い上がっている!


「えっ……!? うそっ……、雪崩なだれなのっ――!?」


 大ピンチっ!


 まさか、こんな人里離れた場所で、亜美は雪崩なだれに遭って遭難してしまうかもしれないのだ。


「えっ、ちょっと待って……っ!!」


 雪崩なだれを避ける方法は、できる限り、雪崩なだれに巻き込まれないように事前確認を怠らないようにしましょう――は、遅すぎるアドバイスだ。


 確か――山や丘の傾斜が25度以内だと、ある程度セーフで、30~45度の角度が一番危ないらしい。

 風上の端を狙って歩くべきで――


 もう、以前、習った“雪崩なだれの回避方法”が、一気に頭に浮かんでくるが、パニックしている亜美には、そんな悠長に事構えている暇はないのだ。


「木のない場所は避けるべきだけと、木がある時はどうするのよっ……!!」


 雪崩なだれが起こる瞬間、その数秒が決め手となる。

 素早く、雪崩なだれの横に移動することだって可能だ。だが、今の状況では、どこから雪崩なだれが始まったのかさえ、視界で確認することもできないのだ。


 硬い岩や木にしがみつくことも、サバイバルに繋がる一つだ。


 亜美は背負っていたバックパックを放り投げ、もらった無線機を顔に突っ込むようにして、傍にあった木にしがみついた。


 木を登って雪崩なだれを回避するには、残念なことに、木の太さが細過ぎる。針葉樹だから、木の枝は遥か視界の上で、掴まって登れる枝もない。


 一気になだれ込んでくる雪崩なだれが、雪埃をまき散らし、木にしがみついている亜美を襲う。



(来たっ……――!?)



 思った以上に、早いスピードで雪崩なだれが襲ってきた。たぶん、亜美のすぐ近くの新雪の一角が崩れ落ちたのだろう。


 雪飛沫が跳ね上がり、ものすごい勢いの雪崩が、亜美の身長以上の高さで襲い掛かってくる。

 雪崩の勢いよりも、新雪の量の方が多く、亜美は一瞬にして雪崩の中に取り込まれていた。


 亜美は、胸一杯に息を大きく吸い込んでいく。

 片手ではしっかりと木にしがみつきながら、右手を高く、真っすぐ上に上げていた。


 悲鳴を上げる暇さえもないほどに、亜美はすでに雪崩なだれの中に埋もれてしまっている。


 雪崩なだれに取り込まれたら、一緒になって泳げ――なんて、絶対に無理がある!

 とてもではないが、亜美の身長よりも上からおおい被ってくる雪崩なだれの中で、泳ぐことなど不可能だ。


 一瞬にして、真っ暗になった。


 また、しっかりと目を瞑っている亜美は、全身が圧迫されて窒息死しそうな苦しさの中で、雪崩なだれが一瞬でも落ち着く瞬間を待っていた。





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読んでいただき、ありがとうございます。

Mauruuru no to outou tai'oraa i teie buka aamu

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